Run to Infinity

by Yota Nakamura /// 中村洋太の挑戦と発信のブログ

青春の輝き

      2017/06/10

無事に早稲田大学を卒業し、明日から社会人になります。

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学生最後に、どうしても文章を書きたかった。けど、言葉が出てこない。この4年間色んな事があった。今になって、何を話していいかわからなくなってしまった。大好きなカーペンターズの『青春の輝き』を聴きながら、ゆっくりと振り返っている。

おととい、カフェに5時間こもって、文章を書いていた。この4年間を振り返って5000字以上の文章を書いたけど、ぼくが話したいのはこんなことじゃないと思い、全てボツにしてしまった。

だが、それでいい。完成度というものは、そうして上がっていく。手塚治虫が400ページの漫画を作るために1000ページを描いたように。世に出ない残りの600ページに、その漫画の本質がある。一つの作品、一瞬の輝きのために、どれだけの力を注げるかだ。

言ってみれば、この4年間は、自分の美しさへの限りない追求だった。

ぼくの言う「自分の美しさ」とは、自分が美しいと思ったもののことだ。たとえば絵を見て、「素晴らしい」と感じたとする。それは、その絵が素晴らしいのではなく、自分の中にあるものと、絵の中にある「何か」が共鳴したということ。つまり、その絵の美しさは、自分の中にあるのだ。音楽でも、サッカーでも、文章でも何でもそうだ。

ぼくが自分の限界を全く考えず、興味を持った全ての事に挑戦することができたのは、興味を持った時点で、それが自分の美しさだと知っていたからだ。

そして同時に、ぼくが4年間追い求めたものは、魂の高揚だった。想像しただけで震えるような体験を、次から次へと実行していった。

大学2年。ヨーロッパで2000人の前で太鼓を叩いた。あの興奮は忘れられない。ベルリンのホールに響いた太鼓の音。ほとばしる汗もが、芸術となった。満員のスタンディングオベーションとブラボーの嵐。鳥肌が立った。日本人として誇りに思った。

大学3年。地図の正しさを証明するべく、自転車で九州まで走った。横須賀を出て13日目、九州に辿りついたとき、言葉にできない感動があった。自分の家の前にある小さな道は、紛れもなく一本の連続する線で、九州まで繋がっていた。

旅の終わりに知らない方からのメッセージが届いた。

「あなたの挑戦を見て、私も諦めていた夢にもう一度挑戦しようと思いました。ありがとうございました。」

自分の好きなことを一生懸命やることが、人のためになるのだと知った。そして4年間、自分に与えられた舞台を踊り続けた。

良かったことは、湧き起こる疑問に対して、素直になれたこと。そして、自分の足で動いて、自分の目で確かめたこと。難しいことはしていない。

ぼくはただ、誰にでもできるのに、誰もやらないことをやっただけだ。

大学4年。ヨーロッパ2000kmを自転車で疾走した。高校生のころからの夢が叶った。言葉が通じなくても、心で分かり合えた。想いは通じた。人の温かさに感動した。ポルトガルの荒野を駆け抜けた。山道を必死に走ったイタリア。ベルリンへのラストラン。それはまさしく、魂の高揚だった。ドイツの片田舎で、嬉しさと迷いと悲しさと、全ての感情の混じる雄たけびを上げた。それこそが、ぼくの青春の輝きだった。「生きていて良かった」と一人で涙を流した。

世界に出ることは、自分の小ささを知ることでもあった。人に対して、自然に対して、謙虚にならくてはならない。何をしていても、上には上がいた。それを知れただけでも、価値はあった。

明日から社会人になる。ブログもどうなるかわからないし、今までのような挑戦も当分は出来ない。だけど、必ずまた自分の舞台に戻ってくる。新たな挑戦に備えてしばらく修行してきます。

最後に、浪人時代を共にした駿台のみんな、早稲田のみんな、ワセオケのみんな、ジョカのみんな、FEのみんな、横須賀のみんな、2人の兄と両親、そしてこの4年間に出会った全ての人、支えてくれた全ての人に感謝します。人に恵まれたことが何よりの自慢です。

今まで、本当にありがとうございました。最高の4年間でした。

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