Run to Infinity

by Yota Nakamura /// 「自転車で世界を旅する元添乗員ライター」中村洋太の挑戦と情報発信のブログ

「お兄さん、俺プロになりたい」夢を抱いた少年に背中を見せた2年間

      2017/03/03

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大学1、2年生の2年間、近所の小学校で毎週末サッカーを教えていました。といっても、コーチという立場ではありません。

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ひとりで壁に向かってボールを蹴っていたある日、小学生の保護者のひとりから、「良かったらお兄さんも、一緒にゲームに混じりません?」と誘われたのが、その子たちとサッカーをするようになったきっかけでした。

定期的に集まっていたのは、10〜15人くらい。みんな、とてもうまかったけど、中でも小学5年生の三明風生(みあけぶい)くん(写真左から2番目)は、頭抜けていました。彼は最初に会ったとき、ぼくをプロのサッカー選手だと思ったそうです。だから、

「お兄さん、俺プロになりたい」
「どうしたらプロになれるんですか」

とよく聞かれました。

「ごめんな、お兄さんはプロでもなんでもなくて、ただのサッカー好きの大学生なんだ」

しかし、ぼくも昔は、本気でプロサッカー選手になりたいと思っていました。自分が叶えられなかった夢を、この子に託せないだろうか。

自分にできることは、少しでも彼の手本になることでした。ぼくが小学生のレベルに合わせてプレーするのではなく、一流(に少しでも近いもの)にふれさせるために、一切手加減せずに全力でぶつかるのがこの子のためになると思いました。

風生は、同年代ではズバ抜けてうまかったけど、横須賀は狭いです。ライバルや自分より上の選手がいなかったら伸びなくなると思ったから、ぼくが本気で相手をして、圧倒的に勝って、圧倒的に悔しい思いをさせました。2年間、ほぼ毎週末です。

みんなで試合をするときは、必ずぼくと風生が別のチームになるように、チーム分けをしました。それは、風生からの提案でした。

「俺は絶対お兄さんと同じチームにはならない」といつも頑固でした。ぼくと勝負することを本当に楽しみにしていました。ぼくも、会うたびにうまくなる様子を見るのが、毎週の楽しみでした。

一流のプレーから学んでほしいと思い、帰りにうちに寄っていかせて、マンチェスター・ユナイテッドのDVDを貸したこともあります。家まで送っていくと、風生のお父さんから「中村さん、いつもありがとう。風生のこと、よろしく頼むな」と言われたこともあります。お父さんとは何度か飲みました。

2年間で、風生はとにかく成長しました。もうぼくが本気でやって、負けることもありました。普通はあり得ないんです笑 大学生が小学生に負けるなんて。

「風生、お前、プロになれよ!」

と最後に言って、別れました。その後、彼は浦賀中に行き、サッカー部ではなく、クラブチームを選択。高校は日大藤沢に進学しました。それを知ったのは、昨年、風生のニュースをネットで見つけたときでした。

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(風生だ、風生じゃねえか!!)

強豪揃いの神奈川県予選で見事優勝し、全国への切符を手にしたとき、彼は左サイドバックの重要な選手でした。中学までフォワードだったのですが、高1のときに、50m5秒台のスピードとスタミナを買われて、サイドバックにコンバート。「1対1のスペシャリスト」として、「日藤の長友」として、強豪チーム内で埋もれませんでした。

今年の全国高校サッカー選手権でも快進撃を続け、準決勝で本田圭佑の母校・星陵(石川県)と激突。実は不運にも、風生はインフルエンザにかかってしまい、1回戦から3回戦までは自宅のテレビで試合を見守っていたそうです。

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しかし、準決勝の埼玉スタジアムのピッチに、彼は立ちました。結局、その試合で負けてしまいましたが、全国4154校中の3位です。「本当によくやったよ」と頭を撫でてやりたい気持ちでいっぱいでした。

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そして今年の5月、突然風生から、

「お話聞かせてくれませんか?」

とLINEが来たので、有楽町で6年ぶりの再会を果たしました。たくましい顔つきになっていたけど、素直さ、謙虚さは昔のままでした。

「星陵とか、同世代の日本代表クラスと戦ってきたわけだろ?実際どうだった?風生でも、戦えた?」

「うん。みんな確かにうまいけど、全然やれた。たとえばうちの田場ディエゴ(FW)は、ほぼJリーガーになるのが決まっているような奴だけど、普通に止められるし。だから、全国大会でも、やれる自信はあった」

淡々と言うから、本当に凄いやつだなと思いました。

「でも俺、大学生になってみて思ったけど、コーチでもないのに、勝手に小学校のグラウンドに入ってきて、小学生を相手にサッカーを教えてた中村さん、意味不明だった。すごいことしてましたよね。俺なら、絶対できないもん笑

だけど、小学生に本気でぶつかってくれる大人なんていないじゃないですか。だから良かったですよ。あの時間は、すごくためになりました」

「3年前だったか、浦賀中サッカー部が初めて県大会で準優勝したときあったじゃん。あれは快挙だったけど、もしかして、お前が中3のときだった?」

「そうです。でも俺、クラブチームだったから、出てないんですよ」

「あ、そっか」

「けど、準優勝したときの主力メンバーは、みんなあのとき中村さんにサッカーを教えてもらってた奴らですよ。覚えてますか?ハルとか、りょうとか、タカとか…」

もちろん、みんな覚えていました。

「そうか、あいつらが。それは嬉しいな…」

ひとりひとりの顔が目に浮かんで、ジーンときました。

「で、お前は日大に進んだわけだけど、プロは目指さなかったんだ」

「うん。たとえばJ3とか、海外でならやれるかもしれないけど、そこまでして続ける気にはなれなかった。もう、サッカーでは完全燃焼したんだ。でも、大学生になって、目標が見つからなくて、このまま4年間何もせず過ぎちゃう気がして、なんとなく中村さんに相談したくなった」

「そうか。時間はたっぷりあるんだから、好きなことやれよ」

「でもサッカーしかしてこなかったから、何していいかわからなくて。で、前に俺の学校にグリーの創業者が来たことがあって、起業したときの話を聞いたんだけど」

「へえ」

「俺、起業とかよくわかんないけど、なんかその話が面白くて、興味持って、中村さんなら何か知ってるかなと思って。中村さん、大学生の頃、何してたんですか?」

「そうか、お前と別れたのが大学2年の終わりだったから、何も知らないんだよな。お兄さんあの後、自転車で鹿児島まで旅したり、スポンサーを集めて自転車で西ヨーロッパを一周したりしたんだよ」

「は???」

「まずな、日本地図帳ってあるだろ? お兄さん、本当に日本って地図通りの形になってるのかなって疑問に思って、自転車で旅して証明しようとしたんだ」

じっと聴き入る風生の目は、とてもイキイキとしていました。2時間近く、話しました。

「…俺、今日会えてよかったです。すげーやる気出てきました。素朴な疑問と真剣に向き合うこと、ですね。それと、好きなことを極めます。旅もしてみたいし、色々やってみよ。何か面白い企画があったら誘ってください」

「もちろん。高校サッカーでは全国3位だったけど、今度はサッカー以外で、日本一の大学生になってみろよ」

今までサッカーしかしてこなかったとしても、プロになることだけが成功じゃない。風生の第2の人生を見守っていきたい。ぼくに夢を見せてくれた、せめてものお礼に。

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