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by Yota Nakamura /// 「自転車で世界を旅する元添乗員ライター」中村洋太の挑戦と情報発信のブログ

【皇室御用達】3万7000円の傘を買ってみた

      2017/03/03

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2015年の梅雨前、3万7000円の傘を買いました。

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きっかけは、その2週間前に、大切にしていた傘を失くしたことでした。家を出るとき、置いてあるはずの場所に傘がなかった。どこに置いてきてしまったのか、最後に使ったのがいつだったのかさえ思い出せませんでした。

「良い傘は、雨のしたたる音が違う」

何かの本で読んで、デパートに走ったのが4年前のこと。ひと目で気に入ったオレンジ色の傘でした。

(なるほど、確かに雨音が違うかもしれない)

雨の日は気分が沈みがちだけど、この傘の出番だと思えば、前向きに過ごせました。

いつも無事に持って帰るたびに、置き忘れなくて良かった、と安堵していたのですが、ついにやってしまいました。悲しいことに、モノの価値は、失った後に気付くことが多いです。このときもそうでした。仕方なくビニール傘を手にしたときに、やっぱりあの傘、良かったなって。最初は高い買い物だと思ったけど、4年以上使ったことを考えると、全然良い買い物でした。嵐の日も一緒に乗り越えてきたし、丈夫で、壊れなかった。

ショックだけど、きっと失くしたことにも何か意味があるはずだ、と前向きに考えることにしました。今度はもっと良い傘に巡り会えるかもしれない。

それでもう一度、長く使える傘を買おうと決意し、休日にいくつかデパートを見て回ったのですが、気に入った傘が見当たりません。また、傘の値段にすごく差があることに気付きました。いったい、傘の値段って何で決まるんだろう。傘って、雨が降ったら必ず差すものなんだけど、意外と意識が注がれていないように思いました。

服や靴や鞄にはお金をかけるけど、傘はビニール傘でいい、という男性は多いです。濡れない、という目的を果たせればいいから、ビニール傘を使うのでしょう。でも、やっぱり街を見回したときに、みんなと同じビニール傘を差している人と、素敵な傘を差している人とでは、後者の方がいいなと感じます。ぼくは、真心込めて傘を作っている人はいないかと、調べ始めました。

見つけたのが、皇室御用達の「前原光榮商店」という傘屋さんでした。

「傘を持つことは、装うことである」

「雨の日が待ち遠しくなるような傘作りを目指したい」

その理念に感動し、カフェにいたぼくは即座にお店に電話をかけ、

「職人さんに取材をさせていただけませんか?」

と電話をしましたが、あっさり断られました。でも、諦められません。

「今日はショーケースは営業していますか?」

「はい、17時までやっております」

「では、今から伺います」

「え? ちょま」

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新御徒町駅から徒歩5分。「前原光榮商店」のショーケースがありました。傘の専門店なんて初めてで、少し緊張しました。お店の脇には、付箋のついたたくさんの雑誌が置かれていて、それはいずれも、これまでに紹介されたこのお店の記事でした。まず、その全てを読んで勉強しました。『Pen』をはじめ、名立たる雑誌で紹介されていたので、もうぼくごときが取り上げるのは余計なお世話かなと思いましたが、傘についての、20代若者の等身大の文章が書いてみたいと思い、やっぱりお店の方にお話を伺うことにしました。

幸運にも、代表取締役専務の前原誠司さんが、ご対応してくださいました。

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「あ、先ほどお電話いただいた方ですか?」

「そうなんです。もしよろしければ取材したいなと思い、」

「申し訳ないですが、4月以降は取材を全てお断りしているんです。梅雨前の一番忙しい時期ですので、生産が追いつかず」

「ですよね」

と言いつつも、2時間も話してくださったのだから、もはやこれは立派な取材でした。ぼくはこのお店にやってきた経緯を全て話しました。大切な傘を2週間前に失くしてしまい、というところから。

「このお店の傘の特徴は、『16本の傘骨』ということですが、具体的に教えていただけますか?」

前原さんは、実際に傘を開いて、教えてくれました。良かったら自分の傘を今一度確かめてみてください。

一般の傘は、8本の傘骨がほとんどです。しかし、ここは世界的にも珍しい16本骨。

「16本骨の傘は強度が増すのはもちろんですが、開くと面積が大きくなり、より雨をしのげます。そして、真円に近い形になるので、シルエットが美しいのです」

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確かに、美しい。どこか和傘のような印象も受けました。

「傘を閉じたときも、美しいんですよ。ほら」

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本当だ。8本骨だとふにゃっと生地がよれてしまいますが、こちらの傘は、閉じていてもきれいな形になります。機能美を追求したがゆえの16本骨なのですが、やはり作るのには手間がかかり、それゆえ値段も高くなります。

「職人さんは、ここにはいないのですか?」

「ここにはいないんです。職人も、生地、傘骨、手元、加工と4つのパートでそれぞれ異なり、別の場所で分業しているんです」

傘という漢字には、4つの「人」があります。それはまさに、この4つの職人を現しているというのです。洗練された美しさと機能を持つ傘は、匠の技の粋が集まらなければ得られないのだといいます。

「今って、若い人の多くがビニール傘を使うじゃないですか。でも、良い傘を使ってみて、やっぱり愛着のある傘を大切に使いたいなと思って」

「今に始まったことじゃないんですけどね。戦後にビニール傘が生まれて、当初は高級品だったんですが、海外での大量生産が可能になって、爆発的に広まっていきました。戦後は、うちのように完全手作りで傘を作っている店はたくさんあったんですよ。でも、みんなそれではやっていけないから、安く作れる方にシフトしていきました。職人さんも減りましたね。でもうちは、このやり方しか知りませんでしたから。だから当時は全然売れませんでしたよ。それでも地道にやってきて、最近ですね、傘にこだわりを持つ人が増えてきました」

現在、日本の傘の年間消費本数は、1億3000万本といい、全国民が毎年1本ずつ消費している計算になります。そのうち約60%が、中国製のビニール傘だそうです。

色々と傘を見せていただきながら話を聞いているうちに、いつの間にか、「ここで傘を買おう」という思いが湧いてきました。

最初は、外見が明るい傘がいいかなと思ったのですが、外は黒だけど内はイエローという傘に強く惹かれました。しかも内骨がカーボン製(通常はスチール製)で、とても丈夫で軽い。その分値段は張りますが、直感でこれがいいと思ったので、決断をしました。税込み3万7000円の傘でした。高いです。でも、370本のビニール傘を買うよりよっぽどいい。この傘を一生大切にしようと決めました。

最後に、手元を選びます。

「実は、うちの傘の値段の約半分は、手元の値段です」

「え」

「生地は、5年ほど使っていると、だんだんと痛んできます。ですが、手元はそれこそ一生使えるものです。だから、数年経って、生地だけ交換しにいらっしゃるお客様も多いです」

手元は、木の種類が違う。よく使われているのは廉価なヒノキだそうですが、ぼくは10種類近くある手元の中から、「エゴチャ」というものを選びました。エゴノキという木で、艶が出てくるととても美しくなります。完成した傘が到着するまでに、約1ヶ月かかりましたが、梅雨には間に合いました。半年経ちましたが、新しい傘のおかげで、雨の日も元気に過ごせています。

これは精神論に過ぎないのですが、「今日は雨か」と暗い気持ちで家を出るよりも、「よっしゃ、この傘の出番だ」と家を出られたら、気分が明るくなるじゃないですか。もしそれが、ぼくだけではなくて、ひとりひとりにお気に入りの傘があったら、雨の日でも日本が少し明るくなるんじゃないかな、そうなればいいなと思いました。だって雨の日だと、機嫌悪い人多いんですもん(笑)

「3万7000円の傘」と金額を出すとイヤらしいかもしれませんが、少しは「どんな傘なんだろう」と興味を持ってくれる人が現れるかもしれない。そして、「自分も長く使える傘を買おう」と思う人が増えたらいいなと思い、この話を書きました。

ここまで書いて、ようやく、傘を失くした意味がわかった気がします。

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