Run to Infinity

by Yota Nakamura /// 「自転車で世界を旅する元添乗員ライター」中村洋太の挑戦と情報発信のブログ

【アラスカ】星野道夫さんと「もうひとつの時間」

      2017/03/08

頭上でオーロラが爆発したとき、ぼくは言葉を失い、夢中になってカメラを向けていたけど、最後は写真を撮るのもやめて、雪原の上に大の字になり、ただただ光のショーを眺めていた。この光景をしっかりと目に、そして記憶に焼き付けたかった。

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2015年2月、仕事でアラスカへ行ってきた。フェアバンクス空港到着時の気温は-39℃。外に出て、5秒もしないうちにまつ毛は凍っていた。信号を待つバスの中で、ガイドさんは言った。

「これが北米最北の信号機ですよ」

こんな極寒の地でも、確かに人は生活していた。

翌朝、フェアバンクスから10人乗りの小型飛行機に乗って、さらに400km北へ飛んだ。ちょうど夜明けの時間で、空の色があまりにも美しかった。見下ろしたアラスカの大地は、川も木も、すべてが凍っていた。操縦士は、前を向いたまま言った。

「ここから先が北極圏だよ」

北緯66.33度よりも北の世界。もちろん、目に見える境界線はないが、「北極圏」という響きがぼくを魅了した。

1時間ほどして到着したコールドフットという場所は、世界最北のトラックストップ(ドライバーが休憩したり睡眠を取ったりする場所)であり、物資を運ぶために都市と北極海の町とをひたすら往復する大型トラックやタンカーがたくさん停まっていた。

運転席に座るのもひと苦労という、大きなタンカーだった。

夜、コールドフットからさらに北へ20kmほど走り、ワイズマンという小さな村を訪れた。かつてはゴールドラッシュで栄え、多くの人が集まっていたが、現在の人口はたったの12人。その貴重な村人のひとりであるジャックさんが、暖炉のあるロッジの中で、この村での生活について話してくれた。

夏に収穫したジャガイモやニンジンを雪の下に保存して、一年かけて食べるのだそう。そして自ら猟に出て、カリブーやムース(ヘラジカ)、ドールシープ(山羊)などを獲ってくる。近くに学校はなく、子供の教育は家庭で行う。ジャックさんが見せてくれた家族写真には、この村の人口の4分の1が写っていた。みんな、とても幸せそうな笑顔だった。

スーパーなどがある町まで400kmも離れた、周囲に何もない北極圏の世界で、こうして暮らしている人がいるということ。それを知れたことは、きっと大きな財産になるだろう。ぼくはここに暮らしたいとは思わないが、人それぞれ、自分にあった暮らしというものがある。ジャックさんにとっては、きっとここで暮らすのが幸せなのかもしれない。

外に出てみると、広い空にオーロラが現れた。最初は雲のような、薄い白色だったが、徐々に発色してきた。しばらくして爆発し、光の筆先は、広いキャンバスに幻想的な絵を描いた。

 

この地では、年間240日前後オーロラが出るといわれている。ジャックさんは、もう飽きるほど見ているのだろうが、旅行者であるぼくにとっては、幸福な瞬間だった。きっとどんな場所にも、そこで暮らす者の幸せがあり、そこに暮らさない者の幸せがあるのだろう。日常と非日常は同居している。

アラスカに生きた写真家・星野道夫さんと結婚した直子さんは、1993年に初めてこの地に降りた。これからアラスカで始まる新しい生活に少なからず不安を持っていた彼女は、結婚パーティーの最中、現地のカメラマンにこう言われたのだそうだ。

「いいか、ナオコ、これがぼくの短いアドバイスだよ。寒いことが、人の気持ちを暖めるんだ。離れていることが、人と人とを近づけるんだ」

インターネット、そしてSNSの発達によって、世界との距離はさほど感じなくなったが、人と人との心の距離は、もしかしたら遠くなりつつあるのかもしれない。コールドフットは電波も入らず、ロッジにはwifiもなかったから、情報の海から久しぶりに離れることができた。仕事のことだけを考えていればよく、とても心地良い時間だった。

本当の人とのつながりとは何なのか。幸せとは何なのか。極北の大自然は、ぼくの心に強く、そして優しく語りかけた。

東京で慌ただしく過ごす時間と並行して、アラスカでは「もうひとつの時間」が流れている。

満員電車にもみくちゃにされているとき、グリズリーベアの親子は森の中を歩いているかもしれない。

原稿の書き出しを考えているとき、氷河は人知れず崩落しているかもしれない。

友人の投稿に「いいね!」を押す間に、いったいいくつの流れ星が通り過ぎているのだろうか。

タイムラインに現れない世界が、今この瞬間も、同時に存在している。ふとしたときに、そんな遠い世界のことを想像できたら、生きるうえで大きな違いになるのかもしれない。

記憶の中に、たくさんの風景を残していきたい。そして、どこに住んでいたとしても、どんな仕事をしていたとしても、ゆったりと流れる「もうひとつの時間」を、いつも心の片隅で感じていたい。

 

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