Run to Infinity

by Yota Nakamura /// 中村洋太の挑戦と発信のブログ

「女性ひとりの世界一周」窪咲子さんの背中を押してくれた母の言葉

      2017/06/03

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-01-
小さな決意


オーストラリアの短期留学プログラムがあることを知り、当時高校生だった窪咲子さんは、「行ってみたい」と強く思った。

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しかし、費用は約40万円。額の大きさに、結局親には言い出せなかった。

その翌日、学校に行くと、友人が不満そうに話していた。

「オーストラリアなんて全然行きたくないのに、親に無理やり行かされることになった」

悔しさがこみ上げてきた。

(どうして? 私の方が何倍もオーストラリアへ行きたいと思っているのに・・・)

いつか絶対、自分のお金で海外に行くんだ。この決意が、後の引き金になった。

-02-
憧れの編集者に


窪さんには、昔からの夢があった。それは、「某芸能雑誌の編集者になりたい」という夢だった。小さい頃からドラマや俳優などの話題に関心が強く、大好きな雑誌があった。

高校1年生のときに、その編集部に電話をかけた。

「どうしたら編集者になれますか!?」

突然のことだったが、その担当者はおもしろがってくれたらしい。

「一度編集部に遊びに来ませんか?」

と誘ってくれ、憧れの場所を見学させてもらえた。

いてもたってもいられず、「お給料いらないのでアルバイトさせてください!」と言ったら、「高校生は働かせられないから、卒業したらまたおいで」と言われた。

2年待つことになったが、彼女は高校を卒業し、再び編集部に電話をかけた。すると、以前対応してくれたスタッフが出て、覚えていてくれた。

アルバイトではあるが、憧れの雑誌の編集部で働けることになった。大学へは行かず、雑誌の編集者になるための専門学校に通いながら。

彼女は誰にも頼まれていないのに、同世代の人たちに今の流行や、人気の俳優のことなどを聞き、その生の情報をもとに毎月雑誌の企画案を提出していた。

「それすごくない? 自主的な活動でしょ?」

「アルバイトのくせに図々しいかなと思ったけど、私が編集部でいちばん読者層の年齢に近かったし、そういう情報を集められた。それに、どうしても編集者になりたかった。やらない後悔より、やった後悔!」

地道な努力が実り、20歳になってからは正式に編集者として雇われた。そして多忙な日々を送り、あっという間に3年が過ぎた。

仕事は楽しかったが、とにかく忙しかった。毎日のように終電で帰っていた。そろそろ別のことをしたいな、と思い始めていた。

-03-
世界イケメンハンター


そのとき思い出したのが、20歳のときにした念願の海外旅行だった。アルバイトで貯めたお金で、1ヶ月間のひとり旅をした。ギリシャ、イタリア、フランス、ドイツ、スペイン、スイス、ルクセンブルクと計7カ国を旅して、英語ができなくてもなんとかなり、とにかく楽しい体験だった。

「旅行ライターになれば、書くこともできるし、旅行にもたくさん行ける。そうだ、いっそのこと世界一周はどうだろう」

旅の資金を作るため、動き出した。約30社を訪ね、それぞれの会社に合わせて企画書を用意した。断られることがほとんどだったが、運命を変えてくれたのは、旅行ガイドブック『地球の歩き方』の某編集者だった。

「働いていた編集部では『イケメン担当』だったので、世界の美男美女の写真を撮ってくる企画をやりたいです」と窪さんが話すと、

「だったら、美男美女じゃなくて、イケメン一本でいこう」と言い、協力してくれ、窪さんのブログを作ってくれることになった。

「ある日、『ブログできたよ』ってURLが送られてきて、ブログのタイトルを見てビックリしたの。世界イケメンハンター!? そんなのひと言も聞いてなかったし、私そもそも肉食系じゃないし!笑 どうしよう~と思ったけど、もう完成していたし、とりあえずやってみようと思って」

思わぬカタチではあったが、窪さんはこうして世界一周の旅へ出た。

イケメン

-04-
モロッコでもらった結婚指輪


1年8カ月で、50カ国を旅した。旅の詳細は『「世界イケメンハンター」窪咲子のGIRL’S TRAVEL』(地球の歩き方)や『恋する世界一周』(イカロス出版)に詳しく書いてあるので、ここでは割愛する。

訪れた国々で、「イケメン」を探しては、写真を撮らせてもらう日々が続いた。といっても、窪さんにとってイケメンはあくまで眺めているのが幸せなのであって、恋愛対象になるのとは異なるらしい。

「ラオスの田舎とか、どうしてもイケメンを見つけられないところでは、地元の人が思う『イケメン』を聞き出して、写真を撮らせてもらった」

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スペインから、船でモロッコにやってきたときのこと。アフリカは、ヨーロッパとはまったく景色が異った。フェズの町へ向かうためバスに乗りこむと、乗客同士が突然喧嘩を始めたり、商人が乗り込んできてクリームの宣伝を始めたり、荷物棚ではニワトリが鳴いていたりと、「なんだかえらいところにきてしまった」と、不安と期待が入り混じる気持ちになった。

気持ちを和らげてくれたのは、隣に座っていたモロッコ人の女性だった。名前はサロという。

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「モロッコは初めて?」

優しい口調に、なんだかホッとした。食料を分けてくれただけではなく、いつの間にか寝てしまった窪さんの膝の上に、スカーフをかけてくれた。

フェズの少し手前、サロが降りる町に到着した。

「モロッコ人の男性は、日本人の女性が好きだから気をつけて。声をかけられても、絶対について行っちゃダメよ」

親身に注意してくれただけではない。

「サロは自分の指輪を取り外して、私の指にはめてくれたの。『イスラムの男性は既婚者には手を出さないから、モロッコにいる間は左手の薬指にこの指輪をつけていてね。これであなたの身が守られるのなら安いものよ』と言って」

一瞬の出来事に、何が起こったのか理解するのに時間がかかった。ふと、座席のテーブルにノートの切れ端が挟まっていることに気づいた。

そこには、サロの連絡先と、「あなたが私の国を好きになってくれますように」というメッセージが。

「今でも、モロッコのことを思い出すと、サロの顔が浮かんでくる」

-05-
憧れのベッカムに会いに


窪さんにとって、「世界一のイケメン」はサッカー選手のデビット・ベッカムだった。子どもの頃から大好きで、いつか会いたいと思っていた。

そしてその夢を叶えるため、世界一周の最後の訪問地として、アメリカのロサンゼルスを選んだ。当時、「ロサンゼルス・ギャラクシー」というサッカークラブで活躍していたベッカムだったが、もちろん簡単に会えるハズはない。

いつ、どこで待っていればベッカムに会えるのか。練習の予定は公開されていないし、スタジアムの警備員や地元サポーターに聞いても、有益な情報は得られない。しかし窪さんは諦めず、翌日も、その翌日も誰もいない練習場に足を運んで、情報収集を続けた。すると、前日に話しかけた警備員が通りがかった。

「そんなにベッカムに会いたいのか?」

「会いたい!絶対会いたい!会わなきゃ日本に帰れない!!」

窪さんの必死さが、警備員に伝わった。

「明日の9時半から練習があるよ」

その言葉どおり、翌朝の練習場に、ベッカムがいた。憧れ続けたベッカムが、目の前に。そして練習が終わり、歩いてきたベッカムに駆け寄った。すでに心臓は破裂しそうなほどドキドキしていた。

「写真をお願いしてもいいですか?」

 ベッカムは微笑んだ。

「カメラを片手に持って自撮りをしようとしたら、ベッカムが通りがかった男性に声をかけて、撮影をお願いしてくれたの。『ビッグスターなのに、なんて優しいんだろう!』とますます感動した」

世界でいちばん会いたい人に会えた。これ以上ない最高のカタチで、「世界イケメンハンター」としての世界一周の旅が幕を閉じた。

訪れた国の数、出会った人の数だけ、思い出がある。人と人との温かいやりとりに、窪さんの世界は広がっていった。その記憶と体験は、旅が終わっても、永遠に心の中で生き続ける。

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帰国後はしばらくフリーのライターとして活動していたが、昨年、IT企業に就職した。平日は自社メディアの編集者、週末はフリーの活動でテレビレポーターをするなど、二足のわらじを履いている。

世界一周という大きなことをすると、そのまま旅の世界で生きる人も多い。しかし彼女は変化を恐れず、むしろ好奇心に導かれる人生を心から楽しんでいる様子だ。

-06-
背中を押してくれた母の言葉


「ところで、書くのはいつから好きだったの?」

「小学校の頃かな。学級新聞というのがあって、『◯◯くんがこんなことをしました』とか、些細な出来事を新聞に書いていたんだけど、お母さんがいつも読むのを楽しみにしてくれていたの。そのたびに、『文章が上手だね』って褒めてくれて。私単純だから、うれしくなっちゃって。『こんなにお母さんが喜んでくれるんだったら、私もっと書くよ』って思った」

学級新聞を夢中で書いていた小さな女の子は、大人になって編集者となった。そして、「いつか自分の本を出版したい」という夢を描くようになり、25歳にして2冊の本を出版した。

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それだけではない。

「世界一周したい、とお母さんに話したとき、絶対反対されると思ってた。でも、『人生は一度きりだから』と背中を押してくれたの」

このエピソードを聞いて、涙が出そうになった。窪さんとは3年前からの仲だが、いつも自分に限界を設けず、のびのびと、しなやかに生きている彼女の秘密が、ようやくわかった気がする。

本当の強さとは、遠くへ行こうとする人を自分の近くに繋ぎ止めておくことではなく、その人がもっと遠くへ行けるように、背中を押してあげることだと思う。

直接会ったことはないが、窪さんのお母さんは、まさにそんな方なのだろう。親の力は、偉大だ。褒めて、背中を押してあげることの大切さを、改めて感じた。

話を聞かせてもらった帰り道、ぼくは無意識に「オシャレになりたい」と思っている自分に気付いた。どうしてだろうと考えてみると、窪さんがインタビュー中、何度も「オシャレだよね」と言ってくれたことを思い出した。

「そんなことない、むしろセンスがなくて悩んでる」と言っても、ひたすら「いや、オシャレだよ」と言ってくる。

ぼくはいつの間にかうれしくなって、「そんなに褒めてくれるなら、もっとオシャレになりたい」と思うようになっていた。

そのとき、ハッと気付いた。これは、学級新聞を褒めてくれたお母さんの話とそっくりじゃないか。

やっぱり、彼女はお母さんのDNAを受け継いでいるのだ。呼吸をするように、自分でも無意識に、今日も誰かの背中を押しているのだろう。

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