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by Yota Nakamura /// 「自転車で世界を旅する元添乗員ライター」中村洋太の挑戦と情報発信のブログ

【江戸のインフラ整備】徳川幕府が生んだ伝馬制と東海道五十三次

      2017/01/17

東海道が本格的に整備されたのは、徳川幕府が始まったタイミングです。関ヶ原の戦いに勝利した家康は、幕藩体制を確立するため、様々な政策にとりかかりました。そのひとつが、1601年に生まれた「伝馬制(てんませい)」です。

伝馬制とは、主要な街道に宿場(宿駅)を設けて、情報の伝達や物資の輸送を円滑にするため、人や馬を提供する制度でした。中山道や甲州街道など、主要な街道はいくつかありましたが、中でも東海道は、政治的、軍事的に極めて重要な交通路でした。

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京都と東京は約500km離れています。昔は通信技術もなければ、交通機関もありません。だから、情報は人によってアナログに運ばれました。

現代であれば、京都で事件が起こっても、テレビやスマホですぐにわかるし、Twitterならほとんどリアルタイムで情報が伝わってきます。だけど、昔は京都から江戸まで人によって情報が運ばれてきたので、そこに大きなタイムラグが生じました。ひとりの人間が京都から江戸まで歩いたら、2週間近くかかります。

このタイムラグが、伝馬制によって、随分小さくなりました。東海道沿いに53ヶ所の宿場を設け、そこに人馬を配置することで、リレー形式で情報を伝達させることが可能になったからです。その担い手を「飛脚」と呼びました。飛脚の登場によって、京都から江戸まで、最短で3日で届けることが可能になりました。

飛脚の拠点、つまり宿場のことを「駅」とも言ったため、駅から駅へと伝えていくこのリレー形式が、「駅伝」と名付けられました。箱根駅伝に代表される駅伝は、日本の歴史が生んだ、独自の競技です。

江戸時代のインフラ整備の話は、伝馬制しかり、河村瑞賢の「西廻り航路」しかり、地理と合わせて学ぶと非常におもしろいです。社会をより良くしていくためのベンチャー精神というのは、今も昔も変わらない気がします。

いよいよ5日後から、東海道五十三次の旅が始まります。昨日は練習のため、汐入から自宅(湘南山手)まで、7kmを歩いてみました。タイムは70分だったので、ぼくの早歩きはおよそ時速6kmです。

唯一心配なのは、足裏の痛みです。500kmという距離を歩くのは初めてなので、体力よりも、足の痛みに耐えられるかどうか。毎日20~30kmという距離を歩いていきます。なんとしてでも京都まで行きたいです。

今朝は馬堀海岸まで、7kmのランニング。フリーになった一番の理由は、自分を最も生かすためのライフスタイルを構築したいという想いがあったからです。早寝早起き、そして早朝ランニング。そのうえに、どんな習慣を築いていくか。貴重な時間を無駄にしないために、楽しくストイックに生きていきたいです。

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 - 2017 クラフトビール 東海道五十三注ぎ(東京〜大阪600km徒歩の旅)