Run to Infinity

by Yota Nakamura /// 中村洋太の挑戦と発信のブログ

「四国11日間・無一文の旅」の経験が教えてくれた、「苦しみ」との向き合い方

      2017/07/19

ことのはじまり

2010年夏。自転車でヨーロッパを旅していて、ちょうど1ヶ月が過ぎた頃だった。美しいブドウ畑を眺めながら、ぼくは南フランスの田舎道を気持ちよく走っていた。

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途中、曲がり角に差しかかる手前に、小さな水たまりがあった。とくに気を止めず走っていたが、それがガソリンだと気付いたときには、すでにタイヤは滑り、自転車は宙に浮いていた。時速30kmでの転倒。後続車の急ブレーキが少しでも遅れていたら、死んでいたかもしれない。

幸い、大きな怪我にはならなかったが、顔と肩の傷が傷んだのと、少し精神的にも取り乱していたため、1泊しかしない予定だったニースで3泊することにした。

町を歩きながら、「なぜ怪我をしたのだろう。なぜニースで3泊もする『必要』があるのだろう。きっと何か、意味があるはずだ」とずっと考えていたが、そのときはわからなかった。結局その理由がわかったのは、事件から半年後のことだった。

思わぬ展開に

ニース駅前のマクドナルドで食事をしていたとき、横に座っている女性が日本人だと気付いて、思わず話しかけた。すると、ぼくが旅の資金をスポンサーで集めたということに興味を持ってくださり、「ぜひ、旦那に会わせたいので、明日の晩、夕食をご一緒しませんか?」と言われた。その方の旦那さんは、実はとある有名企業の社長さんで、たまたま出張でニースに来ているとのことだった。

次の日の夜。社長は、ひと通りぼくの話を聞き終えると、

「中村くんな、俺も、ある男のスポンサーになってるのよ」

と言った。

「誰のですか?」と聞くと、ぼくの尊敬する方だったから、とても驚いた。

「エベレスト登山家の栗城史多くんという子だよ」

当時はまだ、今ほど有名ではなかったが、ぼくはNHKのドキュメンタリー番組で栗城さんのことを知り、夢に向かって挑戦する彼の姿に深い感動を覚えた。

「栗城さんは、ぼくの尊敬する方です。いつかお会いしたいと思っています」

と、社長に伝えて、その場を後にした。

 

出逢いは、新たな旅の始まり

それから半年後。学生最後の春休みを過ごしていたぼくのもとに、突然ニースで出逢った社長から電話がかかってきた。

「今度栗城くんとメシを食うから、中村くんも来ないか?」

ついに念願が叶い、ぼくは社長の家で、栗城さんに会うことができた。

しかし、これは新たな旅の始まりに過ぎなかった。

「栗城さん、実は明日から、卒業旅行で四国を一人旅するんです」

楽しい食事の間、何気なく放った言葉に、栗城さんはさらりと言った。

「せっかくだから、なんか面白いことしなよ」

「面白いことって?」

「たとえば、無一文で行くとかさ」

社長は気持ち良さそうに酔っていた。

「それは面白いな!はっはっは」

いやいやまさか、と思ったが、相手が栗城さんだけに、冗談で言っているのではないのかもしれない。それに、尊敬する人の前で、「嫌ですよ」とは言えなかった。

「…わかりました。やります。ぼくの財布を、社長の家に預けていきます。ですが、青春18切符はもう買ってしまったので、これだけは使わせてください。あとは無一文で行きます」

その瞬間から、ぼくは本当に無一文になった。

「無事に帰ってきたら財布を返してやるから。はっはっは」

青春18切符は持っていたから四国までは行けるけど、まずこれから家に帰るお金がなかった。

すると社長が、1000円だけチャージされたPASMOを渡してくれた。

「今夜はこれで帰れ。はっはっは」

所持金0円のぼくは、わずかな食料と、謎の封筒を受け取った。封筒には、栗城さんの手書きで、「本当につらかったら開けてみてちょ」と書いてあった。何が入っているんだろう? 「秘密の封筒」を持って、ぼくは旅に出た。

無一文の旅が始まった

正直、ちょっと酔っていたのだ。翌朝起きたとき、昨日の出来事が夢であってくれと思ったが、やっぱり現実だった。どこにも財布がない。

西へ向かう電車の中、twitterで、「今日から無一文で旅をする中村洋太です。今夜は大阪で一泊します。どなたか、晩ご飯と泊まる場所を恵んでいただけないでしょうか」とつぶやいた。

さらに、

栗城さん本人が紹介してくださったこともあり、全国の栗城さんファンの方々から、「無一文の旅、頑張ってください」「四国に来たら会いましょう」と、励ましのメッセージが届いた。

名前間違えてるけど笑

 

しかし、旅が始まって2時間で早くもピンチが。

(切符は無事、熱海駅の落し物窓口で見つかった)

 

そして名古屋を過ぎて、「今夜は野宿かな」といよいよ焦り始めてきたそのとき、ある方から連絡があった。

「よかったら、ここに来てください」と言われて向かったのは、大阪にある「堺筋倶楽部 AMBROSIA」という高級イタリアンレストラン。何かの間違いだろうと思ったが、恐る恐るお店に入ったら店員の女性が「お待ちしていました。大変でしたね~」と笑顔で迎えてくださった。

無一文の旅、初日の夕食。の前菜。

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いきなりのコース料理。それも、こんな高級な料理を食べたのは人生で初めてのこと。「お金を請求されたらどうしよう…」と内心ビクビクしながら食べたのを覚えている。無一文のはずなのに、いったいこれはどういうことなのだろう。

そしてまた別の方が、自宅にぼくを泊めてくださった。自分のお金で、普通に旅をしていたら、会うはずのなかった人と、会っていた。

これはいったい…。頭の中には「?」がたくさんあった。

「今日は○○へ行きます。旅の話をしますので、よろしければ何か食べさせてください or 一晩泊めてください」とtwitterでつぶやいては、反応を待ち、声をかけてくださった人に会う。そんなギリギリのことを繰り返しながらも、本当に11日間無一文で四国を旅することができた。

誰に会っても、「ほとんど食べてないでしょう。たくさん食べなさい」と皆さん決まってご馳走を恵んでくださったおかげで、逆に太って帰ってくることになった。

 

 「無一文」の体験が教えてくれたこと

人に自慢できる話ではない。でも、この体験をすることには、純粋に価値があった。

こんなにお金について考える時間を持ったのは初めてだった。人の援助があったからとはいえ、お金がなくても旅ができてしまい、「じゃあお金っていったいなんだろう」と、来る日も来る日も考えていた。

「ポケットに財布がない」というのは、とても落ち着かないものだった。しかし、日が経つにつれて、解放感が生まれて気持ちよくなってきた。お金を忘れる、お金から自由になる、という状態だったのかもしれない。

お金を持つ普通の生活に戻っても、「無一文」の精神は大切なことだと思った。無一文の精神、それは、「必要のないものは買わない」=「本当に必要なものだけを買う」ということ。「普段だったら、ここで飲み物を買ってしまうな」と思うことが何度かありましたが、もちろんお金がないので買うことはできない。しかし、時間が経ってみても、そこで飲み物を買う必要性を感じることはなかった。欲しい、と思ったけど、別に必要なかった。無一文になったおかげで、生きていくうえで本当に必要なものは何かと、真剣に考えるようになった。

無一文。それは流れていく感覚。お金がないことによって、選択肢は減る。しかし、選択肢の少ない方が、余計なことに悩まなくなり、人生はシンプルになるのかもしれない。漫画『バカボンド』に出てきた言葉を思い出した。

お前の生きる道は、これまでもこれから先も、天によって完璧に決まっていて、それが故に、完全に自由だ。

お金があれば、自分の行きたいところへ行き、食べたいものを食べられる。でも無一文でいると、どうしても人の助けを借りないと生きていけない。生き延びるためには、手を差し伸べてくれた人を信じ、頼りにするしかない。そしてお世話になるからには、「こうしたい」「ここに行きたい」という強い主張はできない。だから、一見「全く自由じゃない」ように思える。

しかし、結果はどうだったか。自分の頭で考えて行動していたら会えなかったはずの人に会えた。お金を持っていても泊まれなかった場所に泊まれた。ガイドブックにも載っていない、地元の人おすすめの場所にたくさん行けた。これらは、「お金があればできた」という類のものではない。つまり、お金を持っていても決してできないことを、無一文のぼくがしていたのだ。

自分自身が風のように漂い、余計な力を抜いて、何にも逆らわずに流されていくことで、むしろ完全な自由を手に入れることができるのかもしれない。そして旅の価値は、お金によって左右されるものではないのかもしれない。

きっと人間は、「自然の流れ」に逆らってはいけないのだろう。「自然の流れ」は、人間の判断ごときで敵う相手ではない。だからこそ力を抜いて、大きな流れに身をゆだねれば、もっと人生は楽になるのだろう。

もしあの時、転倒していなかったら

恵比寿に着くと、改札の向こうで待っていた社長が手を振ってくれた。ぼくは無事に帰ってきて、ぼくの財布も無事に返ってきた。

「ようやったよ、中村くん」

ようやく旅が終わった。おいしいお寿司をご馳走になりながら、社長と語り合っていた。

「そういえば、栗城くんに封筒もらったやろ。あれ開けたか?」

「いえ、開けずに済みました」

「ほんなら、ここで開けてみよ」

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その封筒の表には、「本当に辛かったら開けてみてちょ」と書いてあったから、ぼくはきっと、お金が入っているのだと思っていた。いざというときには、きっと栗城さんがそのお金でぼくを助けてくれたのだろう。

しかし、入っていたのはお金ではなく、ひと言だけ書かれた紙切れだった。

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 「苦しみに感謝」

それで、ようやくわかった。半年前、南フランスの田舎道で転倒事故を起こした理由が。この言葉の意味を、体験を通してぼくに教えてくれたのだ。

もしあの時、転倒していなかったら、ぼくはニースのマクドナルドで社長の奥さんに話しかけることもなかったし、栗城さんに出逢うこともなかったし、無一文の旅をすることもなかったし、旅先で素敵な人たちに出逢うこともなかった。自分の身に起きるすべての出来事には、何かしら意味があるのだと思う。

だから苦しみにも、感謝なのだ。

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