Run to Infinity

by Yota Nakamura /// 中村洋太の挑戦と発信のブログ

【人の自発性が溢れる世の中に】ぼくの使命感と、挑戦を続ける理由

   

少し長い話になるし、辛い過去からも目を背けることはできないけれど、自転車旅に出てしまう前に、大切なことを話しておきたい。

どうしてぼくは、様々な挑戦を続けるのか。どのような使命感で、日々を生きているのか。その理由について話したい。

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ずっと人の目を気にしていた

今こんなことを話しても、あまり信じてもらえないかもしれないけど、20歳くらいまでのぼくは、ただ人に流されるだけの人生だった。自分の意見よりも、他人にどう思われるかの方がはるかに大事だった。誘われれば断れない。「嫌われたらどうしよう」という思いが強かったからだ。

何においても、自分の好きなことをやるというよりも、「こうしたら人に好かれるんじゃないか」と、人の目を気にしてばかり。幼少期の影響が大きいのだろう。ぼくは物心ついたときから、無意識にそうしていた。

自分がそういう判断基準で生きていることを自覚せずにいたのだけど、20歳のある日、たまたま心理学の本を読んでいて、まるで言い当てられたかのようにこの性格について指摘された。どうやら、同様の問題を抱えている日本人は意外と多いらしい。そして、それは「自分の人生を生きていない」「不幸な生き方だ」と教えられた。

・誘われたら嫌でも行く
・頼まれたら断らない
・おもしろくなくても愛想笑いをする
・遅刻や欠席はしない
・優等生であり続ける
・期待には応えようとする
・迎合する
・空気を読む

今まで必死で頑張って生きてきたのに、それが「不幸な生き方」だなんて、あまりに悲しいじゃないか。ショックで翌朝、ベッドから出られなくなった。何もしたくない。学校に行きたくない。生まれて初めて経験する無気力だった。多分、軽いうつ病。それからしばらく、学校を休んだ。

 

「自分の人生」を生きたい

はじめは何もできなかったけど、ぼーっとしたり、ゆっくりと本を読んだり、散歩したり、自分と対話を重ねるうちに、少しずつ元気を取り戻していった。その後、ぼくはいくつかの本に出会った。

植村直己さんの『青春を山に賭けて』
小澤征爾さんの『ぼくの音楽武者修行』
司馬遼太郎の『竜馬がゆく』や『燃えよ剣』

時代や境遇にかかわらず、むしろ逆境をプラスに変えて、自らの手と足で運命を切り拓いていった彼らの生き方に、ぼくは強く憧れた。彼らは、「自分の人生」を生きていた。ぼくのロールモデルになった。

ぼくは勇気を絞って、こう思った。

自分が『こうだ』と思う道を、人の意見に左右されずに、行けるところまで突き進んでみたい。

 

挑戦が与えた影響

そのような想いから、大学3年生の夏に「ツール・ド・西日本」という旅をした。「本当に日本地図は正しいのだろうか?」「自分の目で確かめてみたい」という気持ちで、自転車で九州を目指した。その出発前、

「バカじゃないの?自転車で九州までなんか行けるわけないじゃん」

とクラスメイトから言われ、温和なぼくは珍しく声を荒げた。

「じゃあお前はやったことがあるのかよ?」

「あるわけないじゃん。だって無理に決まってるじゃん」

言い返す言葉もなかった。ただただ悔しかった。

無理でもいいよ。できなくても構わない。でも、やる前から「できない」と言うのと、やってみて「できなかった」と言うのでは、まったく違うと思った。やる前から諦めたくない。できないならできないで構わないから、自分はどこまで行けて、どこから行けないのか、それを知りたかった。自分の限界がどこにあるのか確かめられたら、たとえできなくても爽やかな体験になると思った。

ただ、初めての一人旅が1ヶ月間の自転車旅ということで、両親がとても心配した。とはいえ、毎日こまめにメールで連絡するのも嫌だった。だからぼくは、旅に出る直前にブログを開設した。

「このブログに毎日日記を書いて、どこまで走ったか報告するから、それで安否確認してて」

「今日はついに広島に突入しました」とか、「出会ったおじさんが、食べ物を恵んでくれました」とか、様々な出来事や感じたことを書き続けながら、2700kmを走り終えた。家族と友人にしか教えていなかったのに、気付いたらブログの読者が増えていた。

旅の終わりに、知らない方からメッセージが届いた。

「実はあなたのブログを読んでいました。あなたの挑戦を見て、私も諦めていた夢にもう一度挑戦しようと思いました。ありがとうございました」

そのとき初めて、自分の好きなことを一生懸命やることが、人のためになるのだと知った。この一通のメッセージが、自分の生き方を決定づけた。

ここまでが、2013年に沖縄で書いた「芸術、美しさ、使命感、感動を与えるもの」という話の経緯である。ぼくはこの日記を人生の羅針盤として、何度も読み返していた。

しかしこの日記を書いた時点では、ぼくは自分の使命感を自覚し始めたものの、まだ純粋にそれに従って生きることができていなかった。その原因がわかったのが、2014年以降のことである。

 

幸せとは何か?

社会人になったぼくは、新しい疑問を抱いていた。

「どうしたら、幸せに生きられるんだろうか?」

社会人になって最初の3年間、ひたすら精神的に病んでいた。毎週日曜の夕方から、ベッドにうずくまり泣いていた。半年間は精神安定剤を飲みながら働いていたし、出社前には日比谷公園のベンチで泣くのが常だった。心療内科の先生には、「とても会社には行けない状態です」という診断書を書いてほしくてたまらなかった。けど、それでも夜にランニングしたり、なんとか自分を鼓舞しながら、必死で耐え続けた。

最初の方こそ、仕事面で「こうした方がいいんじゃないか」と思うことがあれば、言っていた。でも「何言ってるんだ」と怒られるたびに、どんどん発言が恐くなっていった。それで病み始めた。

ぼくはほとんど、自分の意見を言えなくなった。言えなくなっただけではなく、その状態が続いたために、意見さえ持てなくなってしまった。指示待ち人間。怒られないように動く。結局また、10代までの自分に戻ってしまった。

おまけに今度は、もっと酷い。自分の「自発性」が、どんどん失われていくのを感じていた。

自発性というのは、「Aだと思う」から、「Aをする」というシンプルなことである。その極めて単純なことができなくなると、つまり「本当はAだと思う」けど、そんなことしたらきっと怒られるから「Bをする」ということを繰り返していると、人間はおかしくなる。ぼくはそれで精神に異常をきたしたから、どうかみんなは真似しないでほしい。

その頃からぼくは、「幸せとは何か?」と真剣に考えるようになった。

人生において、何が幸せをもたらすのだろうか?
社会的成功だろうか? 地位だろうか? 富だろうか?

あるいは、何が不幸をもたらすのだろうか?
失敗だろうか? 貧乏だろうか?

ぼくが会社員時代に得た最も大きな学びは、自分の経験を通して、自分なりにこの問題の答えを見つけられたことである。

 

幸せは、自発性に関わるもの

それは、幸せは「自発性」に関わるものだということ。

人はやりたいことをやっているときに幸せに感じ、やりたくもないことを嫌々とやっているときに不幸を感じる。

もっとシンプルに言えば、

「思考と感情と行動が一致しているかどうか」

これに尽きると思う。ぼくは「やりたいことをやっているけど不幸だ」という人を、今まで見たことがない。

しかし、自発性の大切さを認識したものの、思考と行動がズレているため、自分の自発性は失われていく一方だった。このままでは、いつか「自分がおかしい」ことにさえ気付かなくなるだろう、と焦った。

このままじゃ、人生が終わる。どうしたら自分の自発性を保ち、育てていけるだろうか。気付いたらぼくは、「インタビュー」をしていた。無意識に始めていたから、動物的な生存本能が働いたのだと思う。

 

「自発的に生きる」人たちにインタビュー

2014年頃から、ぼくは雑誌やニュース、ネットで見つけた「自発的に生きている人」「好きなことを仕事にしている人」たちに直接連絡を取り、ひたすらインタビューさせてもらった。そしてブログやFacebookなどで記事にして紹介した。どの人も、イキイキと生きていて、輝いていた。

「どうしてこういうことをしようと思ったんですか?」

と必ず聞いた。それぞれ、やっていることは異なれど、自分の悩みに通じるものがあった。

・女子大生のIT起業家
・メロンパンが大好きでメロンパンフェスティバルを始めた人
・ユニクロを辞めて、クラフトビール醸造家を目指した人
・歌手を目指す人
・茶道の魅力を伝える人 etc…

いろんな人に会ってきた。この数年間で、200人以上に話を聞いただろう。その誰もが、自分の考え方に影響を与えてくれた。

そして何よりも、彼らの「自発性」が、ぼくの自発性に再び命を吹き込んでくれた。人に会うたびに、ぼくは少しずつ元気を取り戻していった。

本当に感謝したい。ドン底にいたぼくを蘇らせてくれたのは、紛れもなくあなたたちだ。

これまで、インタビューをしている理由を聞かれて、

・書く力をつけるため
・素晴らしい活動を世の中に広めるため
・各分野の一流の人たちとつながりたいから

と答えてきた。どれも正しい。けれど一番の理由は、

「自発的に生きることの素晴らしさを感じ、その大切さを世の中に広めるため」だった。

 

人の自発性が溢れる世の中に

昨年末、冒険家の南谷真鈴さんにお会いしたときに強く感じた。

「挑戦者の背中は、最も自然な形で次の挑戦者を作る」のだと。彼女の話に、自分自身が「ぼくも負けていられない」と突き動かされていたからだ。

人の自発性は、育てられる。みんながぼくの自発性を育ててくれたから、ぼくは自信を持って言える。だから今度は、ぼくが恩返しをする番だ。その覚悟が決まったとき、ぼくは会社を辞める決意ができた。

「人の自発性が溢れる世の中になってほしい」

その結果、幸せに生きる人が増えてほしい。これがぼくの願いである。自発性を持って何かに取り組む人が、ひとりでも増える世の中を作っていきたい。ぼくが挑戦する理由は、シンプルにそのためだ。自らの自発的行動と精神性の発信を通して、世の中に良い感化を与えていきたい。

誰もが大きな挑戦をする必要はない。いつもと変わらない日常の中でも、思考と感情と行動が一致していれば、それだけで人は幸せを感じられる。たとえ行動の結果、失敗につながったとしても、納得がいく。

とにかく、ぼくはこれからも自発性を発信していく。「真似してください」なんて言った瞬間に、他人から自発性を奪うことになってしまうから、誰にも何も強制しない。自由な人間は、人に対しても自由を与えるものだ。だから、ただひたすらに自分が自発的に生きるだけ。

 

個人的な挑戦の社会的意義

ぼくひとりが、人生で成し遂げられることなんて、たかが知れている。たとえば会社を作って、運良く成功して、欲しいものを望むままに手に入れて、一生を終えることができたとする。だけど、それがなんだって言うんだ。宇宙の歴史から眺めたら、個人の成功なんて極めて小さい。

そんな人生が「成功」だとしたら、ぼくはあまり興味がない。もちろん多くの人の幸せを生み出す会社はたくさんあるし、それはとても尊いことだ。だけど、それよりもぼくに興味があるのは、自分の個人的活動が、どれだけ人と社会に良い影響を与えられるかだ。

ぼくが挑戦を発信することで、新たな挑戦者を生み出せるかもしれない。そして、その人の挑戦が、また別の新たな挑戦者を生み出すかもしれない。そんな流れを作っていきたい。そのとき、ぼくは自分一人分以上の価値を、人生に見出せる。ぼくの夢は、みんなの夢になる。ぼくが死んでも、みんなの中に生き続けることができる。

自分の好きなことを本気でやる。自分の中の美しさを限りなく追及する。逆説的ではあるけれど、人のため、世の中のために、自分の好きなことをしていきたい。それが、ぼくの個人的な挑戦の、社会的意義だと思っている。

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 - 2017 サンディエゴ語学留学&アメリカ西海岸縦断自転車旅「ツール・ド・西海岸」, アメリカ, インタビュー, 何度も読み返したい日記