証拠写真を撮るまで汗を拭けなかった。
3度目の入院を終えて、夕方、日刺しが弱まったのを確認して散歩に出た。やっぱりまだ、途中で体温が上がり、背中が痒くなる。それでも珍しく保冷剤を当てずに耐えて、2kmほど歩いて家に近づいた。
しかし状況はさほど変わっていない。やっぱりまだ治らないか。いつ治るのかわからない。希望が持てない。
世界1万kmを自転車で走った。東京から大阪まで歩いた。汗は自分の象徴でもあった。それを失うのは辛い。
と諦めかけたとき、「いや、」と思った。毎月入院して、これだけ治療しているのに、そんなのおかしい。 働くこともできず、医療費がかさむ。貯金尽きるから流石に治れよ。
そもそも、そこまで食生活や栄養が偏っていたわけでもないし、しばらく運動不足だったとはいえ、もっと運動していない人だっているはず。
それなのにこんな病気になるなんて、ストレスとか自律神経の乱れとか、何か精神的な問題が原因だったと思うほかない。暑さだけでなく、緊張しても同じ痒みの症状が出るし。
数日前、友人のお父さんから「病は気から」と強く言われたことも影響していたかもしれないし、昨日から読んでいた本の影響もあるかもしれない。
「やっぱり治らないか。仕方ない。成り行きに任せるしかない」という弱い気持ちでは、心の持ちようを変えずに環境(難病)を変えようとするようなものだ。それは愚かだと思った。心に原因があるのだとしたら、心を入れ替えよう。
「本当は汗が出ているのだ」「絶対に治る、いや実はもう治っているのだ」と思い込んでみた。検査結果では全身の97%から汗が出ていないと言われた。ということは、3%は実際に出ているのだ。それを4%、5%と少しでも汗の出る範囲を拡げられないか。
家を通り過ぎて、そのまま近所を走ってみた。すると不思議なことに、それまであった痒みが、徐々に和らいでいった。いつもなら痒みが増すところなのに。
藁にもすがる思い、とはまさにこのこと。もう息が途絶えるまで走ろうと思った。
そしたら、額がほんのわずかではあるけど、湿っているような気がする。そしてしばらくして、肘や背中もうっすらと。目に見えるような汗ではないけど、0ではない。0.01か0.001かわからないけど、かすかにベタついている。
とにかく、今までとは違う。鼻先には水滴がある。もしかしたら4%、汗が出たかもしれない。そのまま3km近く、無我夢中で走った。脱いだTシャツがわずかに湿っていた。
これまでは200mでも走れば、激しい痒みに襲われてダメだった。それがこんなに長く走れたのは何ヶ月ぶりか。運動不足だったから呼吸が苦しい。でも希望が持ててはるかに嬉しい。
実は1回目の点滴直後も、ほんの少しだけ背中から汗が出るようになっていた。だけどそれで「もう治りそうだ」と油断していたら、4日後くらいには元に戻ってしまった。
だから今回もまったく油断はできない。けど、明日も明後日も、できる限り発汗トレーニングとしてランニングしてみて、汗の出る範囲を伸ばしていきたい。
なんのために中国の古典を読み漁っているかといえば、そこに生き方の手本を見ているからだ。逆境や苦難にどう立ち向かうか。難病との闘いは苦しい。でもそこでこそ己の存在や生き方を通して、人を鼓舞できる人間でありたい。
一縷の望みをつないだかもしれない、と希望を持つことにする。