「空の端の方に一筋青い輪郭があらわれ、それが髪に滲むインクのようにゆっくりとまわりに広がっていった。それは世界じゅうの青という青を集めて、そのなかから誰が見ても青だというものだけを抜き出してひとつにしたような青だった」 (村上春樹『国境の南、太陽の西』より)
ぼくが「青」について話をするときに、欠かすことのできないものがある。それは、ドイツのマインツという町にある小さな教会だ。
ドイツ第二の都市フランクフルトから、南西へおよそ40kmのところに、マインツはある。ライン川とマイン川の合流地点に開け、 ローマ時代から交通の要所として発展してきた町で、ルネッサンスの三大発明のひとつである活字印刷を発明したグーテンベルクもこの町に生まれた。
しかし、そんな歴史的なことには正直あまり興味はなかった。ぼくがこの町を訪れた目的、それはザンクト・シュテファン教会でシャガールのステンドグラスを見ることだった。
旅の計画を立てているとき、「この教会のステンドグラスは素晴らしい」と教えてもらったのだ。「素晴らしすぎて、何回も行っている」と。ちょうどフランクフルトからボンへと向かう際の通り道でもあったので、寄ってみることにした。
町の中心から少しだけ離れた丘の上に建つザンクト・シュテファン教会は、外から見る限り、特段変わった特徴はない。「さて、中はいかがかな」と思いながら、ぼくは一歩、教会の中に足を踏み入れた。その瞬間、心の中で唸り声を上げた。
こんな青、見たことない。
教会の奥に、柱のように並ぶ3本のステンドグラス。そのあまりの美しさに、ぼくはただただ息を呑んだ。優しい青、深海の青、さまざまな青に、空間が包み込まれている。
これまでヨーロッパを旅するなかで、様々な景色を見てきたが、「何がいちばん美しかったか」と聞かれたら、このステンドグラスを挙げる。他にもニースのシャガール美術館でステンドグラスを見る機会はあったが、圧倒的にマインツの方がよかった。
フランスのメッスにあるサンテティエンヌ大聖堂で見たシャガールの黄色のステンドグラスは、一見の価値がある。
とにかく、マインツは一度訪れてほしい。写真で見るより何倍も美しい、この世のものとは思えない「青」の世界だった。