ツール・ド・ヨーロッパ
第8ステージ
アムステルダム~ロッテルダム
90.0km
最初の大きな試練が訪れた。
アムステルダムの朝。少し曇り気味だが、多分大丈夫だろう。今日は全部自転車で行ってやる。まず最初に目指すポイントは、ライデン。有名な風車があることしか知らないが、よく観光地として聞く名前だから、とりあえず行ってみよう。
少し向かい風だが、最高に気持ちいい道だった。車道とも歩道とも違う、自転車道が独立して存在している。あまりデコボコしていなく、すーっと走れる道だ。交差点には必ず、自転車用のボタンがある。これを押すと早く信号が青になるのだ。
川でカモ(?)の家族に出会った。
羊もいた。
それにしても、土地が低い。そういえば、ネーデルラントとは「低い土地」という意味であった。しかし、こんなに海抜が低ければ、水害で大変だろう。
川のそばは風が強かった。風が強い・・・。走りながら、ふと思った。低い土地、風、風車、これらは密接な関係があるんじゃないか。どうしてオランダには風車が多いのかなんて、考えたことがなかった。そもそも風車がなんのためにあるものか、ぼくは今日まで知らなかった。
オランダは海抜が低いため、水害が多い。そのため、水抜きが必要になる。そこで1400年頃に導入されたのが風車だったのだ。風車は、風の力を利用して水を汲み上げる装置なのだ。なるほど、エネルギー保存の法則だ。オランダ人は土地に抵抗することなく、うまく共存してきたのだ。「水害が多いから住めない」ではなく、「どうしたら住めるようになるか」と考えてきたのだ。この姿勢こそ、今の世の中に大切なのものではないだろうか。
さて、40km走ってライデンに着いた。駅のバーガーキングでお昼ご飯を食べた後、有名な風車を見た。
よしよし、先を急ごう。と思ったら、ポツポツと雨が降ってきた。まだ大したことはない。「すぐ止むだろう。あと40kmだ。行ってしまおう。」
しかし、雨は強まる。「うわー、スコールか?早く止んでくれ。」
更に強まる。そして、止まない。ついに豪雨とか土砂降りのレベルになった。木の下に一時避難して、リュックにレインカバーをかぶせた。
こんなすごい雨の中、ぼくは自転車を漕いだことがない。日本だったら、この雨で自転車を漕ぐ人はいないだろう。だが、周りのオランダ人は、普通に自転車を漕いでいる。バイクが一般的な交通手段ではないから、やはりみんな自転車なのだ。白髪のおばあちゃんまで、この雨に濡れながら自転車を漕いでいる。「自転車大国だ・・・」
この土砂降りの中を再び走り出すのは勇気がいることだった。近くの駅から電車に乗ってしまうこともできた。しかし、周りのオランダ人に触発され、ぼくは「えいやっ」と飛び出した。
うひゃー。信じられないような雨だ。10分も走れば、もうこれ以上濡れられる部分がなくなった。レインコートは、濡れられる限界量を超えて、ピタリと肌に張り付いている。意味をなさない。サングラスは雨粒で視界が消える。もはや自転車を漕いでいるというより、泳いでいるという感覚。プールやシャワーに入る以外にこんなに濡れることはない。
この状況の中、3時間自転車を漕いだ。タイヤが滑りやすいから、スピードは出せない。せっかくの夏休みに、ぼくは何をしているんだ、と何度も思った。泣きそうになりながら、ようやくロッテルダムに到着した。
ホテルに着いた途端、雨が止んだ。おい!笑
ずぶ濡れの状態でホテルで受付を済ませていると、一人の男が「君はサイクリストか?」と聞いてきた。「あぁそうだ」と言うと、英語だかなんだかわからない言葉で、色々と言ってきた。ほとんど何を言っているのかわからなかったが、どうやら彼はセミプロの自転車選手らしい。「20時頃君の部屋に行くよ」と言われた。
部屋に入ってすぐに熱いシャワーを浴びた。体が冷え切っていた。生きていてよかったと心底思った。恐らくこの先、雨に関してはこれひどい目には合わないだろう。シャワーを浴びると、さっきの男がやってきた。ベルギー人のマリオという男だ。
彼は今はもう働いているが、2年前までセミプロのロードレーサーだったそうだ。ツール・ド・フランスに出場する選手も何人か知り合いにいるらしい。
「日本では自転車は盛んか?」
「あぁ、最近は盛んだ。去年から日本人がツール・ド・フランスに出てるしね。」
「知っているよ、フランスのチームに所属している選手だよな」
「そう、アラシロだ。」
「あぁ、そうだそうだ。」
そして、ベルギーの色々なお勧め場所を教えてくれた。ここはワインがおいしいとか、ムール貝がおいしいとか。「12日の夜に、アントワープで飲まないか?」と言われたが、残念ながら12日の夜はブリュッセルにいる予定がある。
「ごめん、その日は無理なんだ。」
「残念だな。だが、ベルギーで何か困ったことがあればいつでも連絡してくれ。俺たちは友達だ」
日本に来るときは連絡してくれと言っておいた。マリオ、いい男だった。
あのタイミングでぼくがロビーにいなければ、マリオと会うこともなかっただろう。「このために雨が降ったのか」、と妙に納得するぼくなのであった。