思い通りにはいかない
ツール・ド・ヨーロッパ
第32ステージ
ナルボンヌ~ベジエ~ニース
34km
ナルボンヌから田舎道を走る。
ぶとう畑がとても良かった。ツール・ド・フランスの雰囲気を味わう。
しかし、とんでもない落車(転倒)がぼくを待っていた。フランスで落車をするなんて、なんとも贅沢な話だ。そこまでツール・ド・フランスの真似をしたくはなかったのだが・・・。
走り始めて15km程で、ごくありふれたロータリーにさし掛かった。
右周りにカーブしようと車体を傾けた瞬間。タイヤがツルっと浮いた。何故か道路に油がこぼれていたのだ。「油だ」っと思った瞬間には、もう体は宙を浮いていた。あっ、と考える間もなく、ぼくの顔はアスファルトに打ち付けられた。時速30kmくらい出ていた。
ヘルメットとサングラスのおかげで、頭と目は守られた。右のほっぺたと顎が大きく擦れて血が出ている。ほっぺたはアンパンマンのように腫れ上がった。そして、右肩も負傷。幸運にも骨折はしていないが、腕を高く上げられない。打撲と、大きな擦り傷が出来ている。
痛々しい顔になってしまった。そういえば、今まで顔を怪我したことなんてあっただろうか。表情を変えるとズキズキ痛むので、二重に笑えない。
意識はハッキリしているが、正直かなりショックだ。だけど、生きていて良かった。どうしてあのスピードで顔を打ち付けられて、擦り傷と腫れだけで済んだのかよくわからない。
転倒した瞬間、すぐ後ろに車が走っていたけど、止まってくれたおかげで轢かれずに済んだ。良かった、としか言い用がない。こんなところで死ぬ訳にはいかない。ぼくには帰る場所があるのだ。
自転車は、ハンドルバーが大きく内側に曲がってしまった。
変速機に問題はない。ハンドルバーは元に戻せるだろうか。自分でやってダメだったら自転車屋さんに行くしかない。
目指していたベジエという街までは、事故現場から9kmだった。そこまで行かないと病院や薬局がない。まずは消毒が必要だ。
ボロボロの体と自転車で、ズキズキする痛みと戦いながら走った。
肩が痛くてリュックを上手く背負えない。
サングラスもかけられない。ほっぺたは更に腫れてきた。
なんとかペジエの街に入り、薬局を見つけた。
おばちゃんに訳を説明する。フランス語は話せないが、この傷と自転車を指差して「アクシデント」と言えば通じた。
消毒液、ガーゼ、テープを用意してくれた。
購入後、ガーゼを貼るのを手伝ってくれた。それまでたった一人だったから、人の優しさに触れて少し安心した。
肩がズキズキと痛む。シャワーも浴びられない。
本当はペジエからもう少し先に行ったアグジェという街から電車に乗るつもりだったが、怪我や精神状態が落ち着くまでは自転車に乗るのは危険だと思ったので、べジエから電車に乗った。ここからニースへと向かう。
電車の中、地中海に沈む夕陽を見ながら、再びあの事故のことを思い出していた。一歩間違えれば死と隣り合わせ。これは命懸けの旅なんだと思った。
「生きていて本当に良かったなぁ・・・」
自然と、涙が出てきた。