先日この記事でも紹介した、16歳の中国人ティンハオ。イチローも通うという、サンディエゴで一番高級な寿司をご馳走してくれた。
お父さんは中国で2つの会社を経営する人物ということだけあって、凄まじく豪快にお金を使う人間なのだが、彼とのエピソードには、まだ続きがある。
ぼくのロードバイクを見たティンハオが先週、「俺もそういう自転車を持ってるよ」と言ってきた。
「中国に?」
「いや、サンディエゴで買った」
「でも全然乗ってないじゃん」
彼は毎日、家から学校まで、25km以上の距離をUber(タクシー)で通学している! それだけで毎日50ドルは使っているだろう。
「まだ1、2回しか乗ってない」
「自転車、いくらしたの?」
「3000〜4000ドルくらい」
「は!?」
約40万円前後の自転車を思いつきで買って、全然乗らないというのか。。。
「この野郎〜」と日本語で言ってしまった。
どれだけお金を持っていても、それだけでは人は幸せになれない。
なぜなら、彼の口癖が「ヒマだ〜」だから。何かを手に入れても、ありがたみを持たなければ、すぐに飽きてしまう。彼の自転車が良い例だ。買って、ちょっとやって、終わり。
そして、一緒に何かをする友達の存在も、人生では大切なものである。しかし、彼は明らかに友達がほとんどいないし、ホストファミリーともうまくいっておらず、孤独を感じているようだった。食事にしても、いつも高級なレストランへ行っているが、だいたい一人で食べている。
はるかにお金の少ないぼくの方が、彼よりも精神的に豊かに生きている自信はある。というか、ぼくに限らず、多分ほとんどの人が。
彼に何かを伝えないといけない。そしてそれは、お金があるだけでは、一人でいるだけでは、決して学べない類のことだ。
彼を、サイクリングに誘ってみた。案の定、誰かとサイクリングをするなんて初めてのようで、乗り気だった。
「じゃあ土曜、11:30にここで待ち合わせね」
「OK」
「Yotaさん、good morning.」
その日、彼は待ち合わせ場所に、Uberで無理やり自転車を乗せてやってきた。
「またUberか〜(笑)」
まあ、いい。とりあえず、行くぞ。目指したのは、15km先のソラナビーチ。
たった15kmなのだが、彼にとっては大ごとのようだった。
「え〜? そんなに走るの〜?」
走りながら、ブツブツ言ってくる。こんなに長い距離を走ったことがなかったらしい。
「坂がキツすぎ」
「もう無理」
「休憩しよう」
「Yotaさんもっとゆっくり走って」
「あと何分?」
「つかれた」
「もうここで終わりでよくない?」
彼は、高校1年生の年齢だから、ぼくも当時のことを思い出していた。奇遇にも、ぼくも高1のときにロードバイクに出会い、高校まで片道15kmをチャリ通していた。そういえば、ぼくも一番最初は、15kmなんて想像もつかない距離だったな。
「いけるいける。頑張れ!あと5kmだよ」
「Yotaさん、歳の差考えてよ〜」
「いや、こっちのセリフだよ。お前のが若くて元気だろうが」
「15km長いよ〜」
「ぼくは来月から、毎日自転車で約100km、それを1ヶ月間繰り返すんだ」
「You are fucking crazy!!」(頭がいかれてる!)
文句を言いながらも、なんとか最後まで走りきった。ソラナビーチに着いて、拳と拳をぶつけた。
「やったじゃん。Good job!」
うまく言えないが、こういう体験が、きっと彼にとってはとても大切なのだ。お金も大切だけど、それだけが人生ではない。
車を使えば楽にビーチへ行ける。疲れないし、汗もかかないし、喉も乾かない。でも、サイクリングには、サイクリングでしか味わえない魅力がある。そして一人ではなく、誰かと一緒にゴールまで行くという経験もまた大切だ。
何のためのお金なのか、限りある人生の貴重な時間を誰と過ごすのか、ぼくがこれまでの人生で模索してきたことを、言葉ではなく、実体験を通して伝えていきたい。体験もまた、言葉の壁を超えるから。
しかし、この日は見事にやられた。ここから先は、逆にぼくが彼から学ぶ番だったのだ。
ビーチに着くと、彼が突然「うおー!あれやろう!」と叫んで海を指差した。
そこには、サーファーがいた。
「サーフィン?」
「イエス。サーフボードを買おう」
「ははは」と笑ったのは、冗談で言っていると思ったからだ。彼は自転車と財布以外、持っていないし、ぼくももちろん水着すら持っていない。海に入る準備はしてこなかった。
しかし、ぼくが適当に流すと、彼の表情が急に変わった。
「Yotaさん? 俺は真面目に言ってるんだよ」
「え?本気なの? だってうちら何も準備してきてないじゃん。それに、サーフィンのやり方わかるの?」
「わからないけど、やりたいからやるんだ」
「You are fucking crazy!!」今度はぼくが言ってしまった。
(やりたいからやるんだ・・・だと? なんて真っ当な言葉なんだ!何も否定できない!)
彼は一度物事を決めると、盲目的になる。足取り早く、近くのサーフショップへ行き、「どのボードにしようか」と言った。
ぼくにとっては初めてのサーフショップ。いくらするんだろう? と値段を見たら、500ドル〜1500ドルくらいした。10万円前後だ。
「Cheap, cheap.」
「安くないよ!」
いやいや、おかしいだろう。こんな思いつきのサーフィンのために、10万円のサーフボードを買うだろうか? しかも、やり方もわからない上に。おまけに、果たして彼が次にサーフボードを使う機会があるのかもわからない。
「せめてレンタルだろう」
「ああ、それいいね」
「Yotaさんもやろう。俺が出すから」
「ぼくはいいよ、写真撮ってあげるからやりなよ」
「ダメだよ、Yotaさんもやるんだよ」
と、何もわからないままサーフボードとウェットスーツを持って店を出た二人。
「くくくっ」
とティンハオはぼくを見て笑っている。
「何がおかしいんだよ?」
サーフィンのことを何もわからないぼくは、少し不安になっていた。
「どうするよ!? 何もわからないのに俺らサーフボード持ってるよ!ははは!」
「こっちのセリフだよ!!(泣)」
しかし、改めて考えると、これはすごいことだ。
彼はビーチに出て、サーファーの姿を見て、「やりたい」と思った。そして、その30分後にはサーフィンを実現してしまっているのだ。その純粋すぎる発想力と、行動力たるや。結果的には大成功じゃないか。
そして、ぼくも若干、初めてのサーフボードにワクワクしていた。心の奥底では、「やってみたい」という気持ちがあったにもかかわらず、金銭的な理由でこれまで無意識に「サーフィン」という選択肢を捨ててきていたことに気付いた。
彼は違った。「やりたいからやるんだ」の言葉通り、一瞬で実現した。
さっき「大切なのはお金じゃない」と彼に伝えようとしていた自分だったが、「やっぱりお金も大事なんだなあ」と考え直してしまった。
十分なお金があると、
・選択肢が増える
・発想に制限がない(なんでもアリ)
・決断のスピードが速い
・実現が速い
→結果的に、より豊かな人生を実現し得る(お金の使い方を間違えなければ)
ということを、ぼくも言葉ではなく、体験を通して教えられた。
とくに「発想に制限がない」という部分は、ぼくは大いに反省しないといけない。これまで、「とにかくおもしろい発想」よりも、「資金的に現実的な発想」を無意識に優先してしまっていたからだ。そうすると、思考にブレーキがかかって、大した発想は出てこない。
一度資金的な条件を無くして、「何でもアリ」の状態から考えた方が、おもしろい発想が生まれる気がした。それに発想が優れていれば、お金の問題は後からクリアできるはずだ。実に考えさせられた。
何もわからない二人だったが、ウェットスーツを着て、サーフボードを抱えて海に出るだけで、楽しかった。ボードにはうまく立てないし、立ってもすぐに落ちてしまったが、西海岸の波があまりに素晴らしくて、それを感じられただけでも楽しかった。
ありがとうティンハオ。何か大切なことを教えるつもりでサイクリングに誘ったけど、結局教わったのはぼくの方だった。
「じゃあ、また学校で」
初めてのサーフィンに満足した彼は、ビーチのすぐ横にUberを呼び、砂だらけのまま自転車ごと乗せて帰っていき、ぼくは家まで20km、また自転車を漕いで帰っていった。