「洋太さんと話していると、写真家の方と話しているような感じなんです」
愛那ちゃんの言葉に意表を突かれたのは、「自分はどんな分野であれば、プロ意識を持てるのか。それがわからず悩んでいる」と打ち明けたときだった。
「文章に対する向き合い方とか、こだわりとか、自分では気付いていないだけで、もう立派なプロだと思いますよ。依頼されてテーマに沿って書くライターさんとも違うし、知名度で売るライターさんとも違う。私は仕事でいろんなライターさんやクリエイターの方と接してきましたけど、洋太さんのようなタイプは初めてで、文章と向き合う姿勢とか、写真家のそれに似ているなと思ったんです。アーティスティックなものを追求するところとか」
ぼくは、4年前に沖縄へ行ったときのことを思い出した。海沿いのカフェで、ノートを開いて自分と向き合うなかで、「自分の芸術を通して、精神性を伝達したい」という考えを持った。
体験したこと、感じたこと、考えたこと。全てのことが、自分の感性というフィルターを通して、文章に変換されて、世の中に広がっていくことを、予感した。
「旅と書くこと。禁じられて辛いのはどっちか?」
という質問を投げかけられたときに、意外と迷わずに、一瞬で答えが出た。もうぼくにとって書くことは呼吸をするようなもので、書くために旅をしていると言っても過言ではない。旅というのは、ぼくにとっては書くための手段のひとつに過ぎないのかもしれない。
昔、「ぼくが毎日文章を書いてしまうのは、自己顕示欲が強いからだ」と思い込んでショックを受けて、「試しに一週間何も書かないでみよう」と決めて取り組んでみたことがあった。
無理だった。3日持たなかった。ぼくから書くことを奪われたら、とても辛いことなのだ。なぜかはわからないけど、そのことだけはよくわかった。文章で共有することが、本能的な欲求らしい。
そして芸術というと、音楽や絵画や彫刻や写真や、あるいは小説などを思い浮かべていたけど、自分の書く文章もまた、ひとつの芸術なのではないかと思うことができた。
文章にも、いろいろあるのだ。フリーランスライターとして駆け出した今年2月、3月頃のぼくは、疲弊して、うんざりしていた。職業ライターの辛さを実感して、書くことは辛いと感じた。でもそれは、単に自分がどんな文章を書きたいのか、わかっていなかったからだと今では思う。
書くことが作業になると、文章は色彩を失う。ぼくは文章に、自分の芸術、美しさを投影したい。誰にでも書ける文章ではなく、自分にしか書けない文章が書きたい。
以前、機内誌で読んだ長島有里枝さんの『母の音』というエッセイに、衝撃を受けた。こういう文章が存在するのか、と思った。けど、もしかしたらその衝撃は、予感でもあったかもしれない。
自分に小説を書ける気はしないけれど、「こういう文章」なら、書けるのではないか、という。
ときどき、書いた文章から音楽が流れることがある。色彩がこぼれ落ちることがある。書けたときに心が充足する、そういう文章をもっと追求したいと思う。文章であれば、ぼくはどこまでも突き抜けられるかもしれない。
それで、愛那ちゃんにも勧められて、何か文学賞に応募してみたいという気持ちが湧いてきた。つい先日、小説家の三上さんからも、「エッセイ賞などに応募してみたらどうですか?」と言われたばかりだった。
無数にいるライターのひとりとしてではなく、作家として、一度この世界で勝負がしてみたい。