「夏休みに、横須賀から九州まで、自転車で行くんだ」
そう話すと、Sくんは言った。
「バカじゃないの? そんなの、無理に決まってるじゃん」
「え、なんでそう言い切れるんだよ。じゃあ、Sはやったことあるのかよ?」
「あるわけないじゃん。だって無理に決まってるじゃん」
ぼくは悔しかった。なんで、やってもない人間に「無理に決まってる」なんて言われなきゃいけないのだ。
正直なところ、本当に自転車で九州まで行けるかどうかなんて、ぼくにだってわからない。やったことのないことだし、そんなに長い距離を自転車で走ったら、どこかで体力的に限界を迎えるかもしれない。でも、、だ。
やりもしないのに、できないと決めつけることだけはしたくない。たとえば、横須賀から広島までは、自転車で行けた。でも、足に限界がきてしまい、広島から先は走れなかったとする。
ぼくはそれでも構わないと思っていた。今の自分にはここまで行けて、ここから先は行けないと、具体的にわかること。悔しさはあるだろうけど、それはきっと次につながるし、とても清々しい体験のような気がしたから。
やらずに「できない」と言うのと、やってみたけど「できなかった」と言うのでは、意味が全く異なる。後者は、けっして失敗じゃない。成功への過程だ。
とにかく何事も、やってみなきゃわからない。やったことのないものに対する人間の想像や予想なんて、まったく当てにならない。だからやってみよう。これは自分の限界への挑戦だ。Sくんのおかげで、この挑戦に対する自分の気持ちが固まった。
台風9号が過ぎ去り快晴に包まれた2009年8月12日、ぼくは両親に見送られ、横須賀を出発した。スタートのペダルを踏み出した瞬間、言葉を失った。(お、重い…)
後輪に付けた荷物が重くて、ハンドル操作に力がいる。両親に手を振り返すも、自転車は右に左にふらふらと揺れる。
「こんな状態で無事に九州まで辿り着けるだろうか」
「そもそも箱根の山を登り切れるのだろうか…」
不安は山積み。しかし後には引き返せない。頭にSくんの顔が浮かんだ。
「ほらみろ! だから無理に決まってるって言ったじゃん。やらなくてもわかるじゃん」
ダメだダメだダメだ! 絶対にそんなこと言われたくない。
「見てろよS、ぼくはなんとしても九州まで行ってやるんだからな」
こうして、ツール・ド・西日本が幕を開けた。