何度も読み返したい日記

できないくらいが、ちょうどいい

投稿日:2015年11月22日 更新日:

できるとわかっていることに取り組むのは、真の挑戦とは言えない。たとえ周囲からは挑戦しているように見えたとしても、自分にとって挑戦しているという意識がなければ、挑戦とは言わない。

エベレスト経験者にとって富士登山は挑戦とは言えないだろうが、登山経験のほとんどない人にとってはそれは挑戦かもしれない。挑戦とは、対象の規模によるものではなく、自分の立ち位置と対象との距離の問題だ。答えは自分の意識の中にあるから、他人にはそれが「挑戦かどうか」真に計ることはできない。

10回やって10回成功するとしたら、それは挑戦と見せかけているだけかもしれない。ぼくもよく無意識に、挑戦している風に見せてしまい、反省することがある。でも、自分の中ではハッキリとできるとわかっていることだから、真の挑戦ではないのだ。

無意識にそんなことをやらかしてしまうくらいだから、自分が今挑戦しているのかどうか、判断するためにはどうしたらいいのか。確実に言えるのは、失敗するということは、少なくとも挑戦しているということだ。だから、できないくらいが、ちょうどいいのかもしれない。失敗を続ける限り、伸びる余地がある。

この年齢になると、経験が邪魔をし、どんどん失敗を恐れるようになる。経験を積めば失敗は減る。でも失敗しないことに慣れると、今度は「わざわざ失敗するリスクを負ってまで新しい挑戦はしなくてもいいか」となってくる。20代に入ると、多くの人がこのような思考になってくる気がする。同じ作業なら、よりうまく、より速くできるようになるから、やろうと思えば、「仕事をしているふり」をすることだってできる。

経験にしがみついているだけだと、そこから伸びなくなる。新しいことに自分を試さないと。失敗したら、「よし、今はちゃんと挑戦している証拠だ」と自分を励ましながら、頑張っていきたい。

-何度も読み返したい日記

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

人の評価を気にする時間って、何ひとつ生み出していないよね。

書くことを仕事にしているからか、自分の文章には人一倍の愛情を持っています。だから、書いたものは人に見せたくなるし、人の評価をすごく気にします。 人に見せるまではいいんです。そのために書いているんだから …

危険な道

久しぶりに、ここ最近の心境を文章にしてみよう、という気持ちが生まれた。こうして言葉にするのは初めてだけど、ぼくの中では大きな変化があった。 1ヶ月くらい前か、先の見えない状況に、精神的にドン底にいた期 …

自分から先に「与える」こと

少しずつ状況が把握できて、ポジティブになれてきたので、ここ最近の悩みと気付きを正直にさらけ出してみようと思います。 ぼくは会社員の頃、休日を使ってたくさんの人たちに会っていました。ネットの記事やテレビ …

美しさとバイタリティー

何かを見て「これがやりたい」と感じたとき、それは自分の美しさそのものだと考えている。 「きっと自分には向いてない」とか「自分の立場でできることじゃない」とか、そんなことは一切考えず、やりたいと感じたら …

正しい背伸び

不安定なうちはガムシャラに挑戦していた自分だったのに、「この調子でいけば乗り切れるな」と、何かの節に安定してくると、環境に安住してしまい、挑戦することから遠ざかってしまいます。 慣れてくるとついつい、 …