登山家の栗城史多さんがエベレストで亡くなりました。彼との思い出を綴ります。
2009年頃、NHKのドキュメンタリー番組で、栗城さんのことを知りました。
彼が他の登山家と異なったのは、エベレストに挑む姿を自撮りし、それをインターネットで生中継したこと。多くの人たちと「冒険の共有」をしてきました。
登山家が実際にエベレストを登っている姿を観たことがなかったから、初めて見たときは衝撃的でした。ぼくが自転車旅の映像を撮影しようと思ったのも、元はと言えば栗城さんの影響でした。
また、まだ無名の頃は登山の資金を集めるため、様々な企業に体当たりでスポンサー探しをしていたそうです。
これは、ぼくがサングラスメーカーのオークリーに飛び込み営業したときに、「2年前にも、中村くんと同じように『サングラスを提供してください』って俺のところに来た人がいるよ。登山家の栗城くんっていうんだけど」と担当者の方から言われて知りました。彼には、見えない部分での努力がたくさんあるのです。
その後、ヨーロッパを自転車で旅しているとき、南フランス・ニースのマクドナルドでとなりに座っていた日本人の方に話しかけたら、偶然にもその方の旦那さんが栗城さんのスポンサーになっている企業の社長さんでした。
「栗城さんはぼくの尊敬する方です」と伝えると、半年後にその社長から電話がかかってきて、
「今度栗城くんとうちでメシ食うけど、中村くんも来るか?」
とお誘いいただき、憧れの栗城さんと対面することになりました。身体のことを考えて、一切お酒を飲まない方でした。
その会で、「栗城さん、実は明日から、卒業旅行で四国を一人旅するんです」と何気なく言ったら、
「せっかくだから、なんか面白いことしなよ」
「面白いことって?」
「たとえば、無一文で行くとかさ」
と言われて、ぼくは本当に翌日から無一文で四国を11日間旅することになりました。
その旅で起きた様々な奇跡と栗城さんからの教えは、以前の記事(登山家・栗城史多さんが教えてくれた、「苦しみ」との向き合い方)に書きましたが、とにかく栗城さんはチャレンジを楽しむ人でした。
そして、栗城さんが「冒険の共有」を通して多くの人たちに伝えたかったのは、チャレンジすることの楽しさや素晴らしさだと思います。ぼくも栗城さんから教わったひとりです。
しかし一方で、複雑な思いもあります。