読んでみた

異才の数学者、岡潔「人の情緒は固有のメロディーで、その中に流れと彩りと輝きがある」

投稿日:2017年3月5日 更新日:

年に1回は、風邪を引く。

元気なときは、書きたいことが頭の中にどんどん浮かんでくるものだけど、疲れているときや体調が悪いときは、なかなか文章が出てこない。

他人の頭を覗いたことはないけれど、人と比べて多感な方かもしれない。ひとつひとつの体験や些細な出来事から、いつもたくさんのことを感じて、ただそれを文章にしている。

だけど体調を崩すと、その感受性が鈍る。インタビュー記事などを別にすれば、ぼくは感じたことを文章にしているだけなので、感じることがないと、文章も書けなくなる。

これは少し、恐ろしいことだ。ぼくの場合、「文章で食べていく」ということは、「感受性で食べていく」ということだから。だとしたら、「いかに感受性を高めるか」を考えなくてはいけない。体調管理は最低条件として、さらに感受性を高めていくにはどうしたらいいのかだろうか。

ここで思い出すのは、1901年生まれの数学者・岡潔さんの『春風夏雨』というエッセイだ。

彼は世界的な数学者として活躍しただけでなく、随筆家としてたくさんの作品を遺した。彼の感受性の高さは、この本の最初の文章から容易に汲み取れた。

「人の情緒は固有のメロディーで、その中に流れと彩りと輝きがある。そのメロディーがいきいきしていると、生命の緑の芽も青々としている。そんな人には、何を見ても深い彩りや輝きの中に見えるだろう。ところがこの芽が色あせてきたり、枯れてしまったりする人がある。そんな人には枯野のようにしか見えないだろう。これが物質主義者と呼ばれている人たちである。生命の緑の芽の青々とした人なら、冬枯れの野に大根畑を見れば、あそこに生命があるとすぐにわかる。生命が生命を認識するのである。こうした人にはまた、真善美が実在することもわかる。しかし物質主義者には決してわからない」

彼の言う「メロディー」は、「感受性」に置き換えてもいいだろう。さらに、彼はこう続けている。

「子供には、絶えずきれいな水を注いでやることであろう。きれいな水というのは、たとえば先人たちの残した学問、芸術、身を以て行った善行、人の世の美しい物語、こうしたいろいろの良いもののこと。教育というのは、ものの良さが本当にわかるようにするのが第一義ではなかろうか」

感受性を高めるには、たくさんの良質なものにふれることだと言う。

そういえば、兼高かおるさんも言っていた。

「小中高の先生方は、夏休みの何十日か世界一周をして、自分の目で世界の風土と人を見てもらいたいのです。そういうことができるように、旅行会社が協力してくださるとありがたいと思います。それは、日本のため、世界のためでもあるのです」

教育者が世界を知ること、見聞を深めることは、とても大切なことだ。「生徒が海外留学をしたい」と言ってきたとき、自分に海外経験があるかないかで、対応はまるっきり変わってくる気がする。話の行間から、教養が溢れ出てくるような先生、「きれいな水」を注いであげられる先生が増えたら、きっと子供たちはよりいきいきとした「メロディー」を奏でてくれるだろう。様々なメロディーが調和して、日本から美しい音楽が流れてほしい。

「人の情緒は固有のメロディーで、その中に流れと彩りと輝きがある」

この言葉、ふとしたときに思い出したい。

春風夏雨 (角川ソフィア文庫)
岡 潔
KADOKAWA/角川学芸出版 (2014-05-24)
売り上げランキング: 142,920

 

(関連図書)

わたくしたちの旅のかたち
兼高かおる 曽野綾子
秀和システム
売り上げランキング: 21,080

-読んでみた

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

【アラスカ】星野道夫さんと「もうひとつの時間」

頭上でオーロラが爆発したとき、ぼくは言葉を失い、夢中になってカメラを向けていたけど、最後は写真を撮るのもやめて、雪原の上に大の字になり、ただただ光のショーを眺めていた。この光景をしっかりと目に、そして …

【仕事を辞めるか続けるか】「危険な道を選べ」背中を押してくれた岡本太郎さんの言葉

転職しようか、どうしようか。独立しようか、どうしようか。 そう悩んでいる人は、無数にいるはずだ。ぼくもそのひとりだった。 仕事を辞めるべきか。続けるべきか。自分の人生、このままでいいのだろうか。 昨年 …

2019年 読んで良かった本ベスト20

2019年は良質な本やマンガにたくさん出会えた一年でした! とりわけ良かった作品をご紹介します!(順不同です!) 『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』 直感と論理をつなぐ思考法 V …

「写真は見たものしか写らないが、文章は・・・」写真家・長島有里枝さんの類稀な文才

去年、『anan』の表紙写真に思わず目を奪われた。 自分がポートレート写真にハマっていた、絶頂のときだった。 (誰だ、この写真を撮ったのは) 一目散に目次を開いた。 「撮影:長島有里枝」の文字を見て、 …

福沢諭吉がアメリカの文明に驚かなかった理由

アメリカの文明に驚かなかった福沢諭吉 勝海舟や福沢諭吉がアメリカ西海岸に辿り着いたのは、1860年のこと。 エジソンが電球を発明するより19年も前のことで、まだ電灯の時代はきていない。しかし、電信はあ …