エッセイ 日本

カボスのおじさん

投稿日:

そのお店でラーメンを食べるのを楽しみにしていたから、「ガラガラ」とドアを開けた矢先、「悪いな、今日はもう店閉めちゃったんだ」と言われたときはショックだった。

「そうでしたか」

扉を閉めかけたぼくを、おじさんは呼び止めた。

「お前さん、どこから来たんだ」

ぼくが真っ黒に焼けていたからか、自転車のグローブをつけていたからか、理由はわからないけど、旅をしていることはわかったらしい。

「神奈川です」

少し沈黙が続いて、「はぁ〜」というため息が微かに聞こえた。

「ちょっと待ってろ」

黙って待っていると、何かが入ったビニール袋を渡してくれた。

「これ、持ってけ。疲れたときは、カボスが効くだろ」

半分にカットされたカボスがたくさん入っていた。

自転車で去っていくぼくを、「気ぃつけてけよ〜」と手を振って見送ってくれた。

天草という地名を目にすると、いつもおじさんのことを思い出す。

今度はラーメンを食べたいな。

-エッセイ, 日本
-

執筆者:

関連記事

【埼玉県・権現堂堤】鮮やかに競演する桜と菜の花

桜の季節が近づいてきている。 思い出すのは、関東有数の桜の名所として知られている、埼玉県幸手市の権現堂堤の景色だ。 堤防上には約1000本のソメイヨシノが咲き、1kmにわたり桜並木が続いていた。 この …

『黄色いマンション 黒い猫』

エッセイの主要な賞について調べてみると、「講談社エッセイ賞」というのが有名らしい。ぼくの好きな長島有里枝さんの『背中の記憶』も、平成22年に受賞している。 そして今年、「講談社エッセイ賞」を受賞したと …

「海の京都」伊根の舟屋を目指して。春の自転車旅「ツール・ド・天橋立」

GWの最初の三連休は、直前まで何も予定が入らず、この際どこかへひとり旅をしようと決めた。でもどこへ行こう。 そんなとき思い出したのが、「海の京都」だった。 京都というと清水寺に金閣寺に、という京都駅周 …

長命寺と道明寺。桜餅の歴史と、ジョブズも愛した和菓子の話

世界を旅して、各地の郷土菓子を見渡してみても、四季折々のお菓子がこんなに存在するのは、日本のくらいのものだと気付かされます。以前、ユーラシア大陸を自転車で横断した郷土菓子研究社・林周作さんの記事を書き …

【東海道五十三次600km徒歩の旅】東京から京都・大阪まで歩いた全記録(日数、距離、浮世絵、ツアーなど)

※2020年4月1日追記 この旅に関連するエピソードを朝日新聞デジタルで連載中です。よろしければこちらからお読みください。 東京・日本橋から大阪まで、22日間かけて総距離592kmを歩いて移動した(2 …