ブログ

大人になるにつれて本質的なものに辿り着くのだと思っていました。けれど

投稿日:2018年1月12日 更新日:

花まる学習塾 代表の高濱正伸さんが、学生時代に日記を書いていたという話をしていました。

「もやもやした思いが心の中で充満してきたら、すべて日記に吐き出していました。そうすると、すっきりする。物事が整理され、自分の頭で考えられる。これを体得すると、もう日記を書かずにはいられないんです。そうやって自分の頭で考える思考力がつきました。いわば物事に対する自分なりの答え、私の哲学ですね。そういうものに少しずつ出会うことができたという感じでしょうか」

ぼくも高校生の頃から、同じ習慣がありました。恥ずかしくて絶対人には見せられませんが、自分の弱さを正直に書き出すことで、随分救われました。

今はブログなので、人に見られることを想定してしまい、どうしても本音をさらけ出せない場合もあります。

それにしても、高校生とか大学生の時にやっていたことが、「正解」だったなと、年月が経つごとに思います。日記の習慣に限らず、昔は良い習慣がたくさんあったし、今は悪い意味で「利口」になってしまった気がします。

一度楽な方法を知ってしまうと、戻れなくなってしまう面もあります。オーガニックではない、添加物のような習慣が、年々溜まっていきます。

社会人になってから学んだのは、「余計なこと」ばかりでした。大人になるにつれて本質的なものに辿り着くのだと思っていました。けれど実際は、生まれたときが一番本質に近かった。

子どもの頃は後先考えず、夢中になってサッカーボールを追いかけていたはずなのに、今は色んなことを考えてしまい、動き始めることですら時間がかかる。「夢中」という言葉からは遥か遠いところにいます。

夢中になるというのは、今に集中して、全力を注げることだと思います。そりゃあ、強いですよ。

夢中にならず、小手先のテクニックだけで物事に取り組むのは、相当なリスク。

意識を分散させると弱くなります。一点に集中したいです。

最近は悩むことも多いですが、しかし、悪いことばかりでもありません。

今朝、ある人の記事を書いていて、ジーンとくるセリフがあって、書きながら涙目になってしまいました。

ぼく自身、そういう気持ちで文章を書いていたのが最初だったじゃないかと、初心にかえれました。

お金のために文章を書いている。でも、それだけじゃないよねって。

自分が涙目になってしまうほどのこの言葉を、世の中に広めたい。そういう気持ちで、文章を書き始めたはず。大切なことを思い出しました。

「見たい、知りたい、わかりたいという欲望の爆発、それがルネサンスだった」と塩野七生さんは言いましたが、ぼくはそこに「伝えたい」を加えます。

-ブログ

執筆者:

関連記事

食について思い出す、3つのエピソード

-01- 高校生のときだったか、大学生のときだったか、忘れてしまったけど、あるとき友人から、「(中学の同級生の)◯◯が亡くなった」という話を聞いた。確か、何かの病気だったと思う。ぼくは同じクラスでもな …

高雄からの一報

今朝、台湾第2の都市・高雄の高校で日本語を教えているジミー先生からメッセージと写真が届きました。 「先週の木曜日は卒業発表会でした。今日は彼らの卒業式です。うちの日本語学科も今日で終わります。皆に夢や …

no image

フィーリングの合う人たちと

この人と一緒に働きたいとか、この人の活動を応援したいって思うのはどんな人なんだろうと考えたときに、自分の場合それは能力の高さや地位の高さではなく、結局フィーリングが合うかどうかで決まる。そう言うと曖昧 …

男の一生と、軌道の美しさ

高校野球や合唱に感動するのは、その一瞬に賭ける練習風景が想像できるからかもしれない。 昨日観たミュージカルもそうだ。歌、踊り、そして寸分の狂いも許さない緻密な舞台進行・・・。 「この本番のために、どれ …

登山家・栗城史多さんの死に思うこと(3)「死を意識する」

昨日からずっと、「もし自分が35歳で死ぬとわかったら、明日からの生き方を変えるだろうか」と考えていました。明日が今日になってみて、何が変化したのか、よくわかりません。ただ、「変わらなきゃ」という想いが …