昨日からドイツの首都ベルリンに来ています。
今回で4度目の訪問になります。ベルリンの訪問はいつも不思議なストーリーに繋がっていて、そのストーリーを話せば、今回の旅の目的を理解していただけるのではないかと思います。
目次
【2001年】コンサートで笑われ者に
ぼくにとって初めてのヨーロッパ旅行は、中学1年生の時でした。授業参観でも三者面談でもないのに、母と兄が二人で中学にやってきた日のことを覚えています。
「洋太を海外旅行に出したいので、10日間ほど学校を休ませてください」
と担任の先生に相談するためでした。
このとき、真ん中の兄が大学の卒業旅行で、友人とヨーロッパへ行く計画を練っていました。今考えると意味がよくわからないのですが、兄とその友人の旅行に、ぼくも同行することになったのです。
兄の友人からしたら、「なぜ弟も付いてくるんだ」と思ったことでしょう。なんにせよ、ぼくはしばらく学校を休んで、旅行に行きました。
行き先は、ベルリン、ミラノ、パリ。ベルリンという渋い選択をしたのは、当時いちばん上の兄がベルリンの大学に留学中だったから。
クラシック音楽が大好きな上の兄にとって、ベルリンは聖地でした。世界最高のオーケストラ「ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」の本拠地だからです。
ぼくもこのとき初めて、ベルリンフィルのコンサートへ連れて行ってもらいました。しかし、クラシック音楽の良さが全くわからなかった13歳のぼくにとって、コンサートは睡魔との戦いで、おまけに完全に負けました。
オーケストラに最も近い席にも関わらず、最初から最後まで、首を前後左右に大振りしながら爆睡していて、周囲の観客に笑われていたそうです。
まさかその少年が、8年後にも同じホールを訪れ、今度は客席ではなく舞台の上に立つことになるとは、誰が想像できたでしょうか。
【2009年】演奏者として
大学2年生の冬。ぼくは早稲田大学交響楽団というオーケストラサークルに所属しており、ヨーロッパでの演奏旅行をしていました。
楽器は全くの初心者で、大学から始めました。
当初はオーボエ奏者として入団しましたが、「ヨーロッパで和太鼓を叩かないか」と先輩から声をかけられ、1年間必死で和太鼓を練習し、ヨーロッパ11都市でオーケストラと共演しました。
ベルリンのフィルハーモニーホールで和太鼓を演奏した人なんて、世界でひと握りしかいないはずです。本当に光栄なことでしたし、演奏後、いつまでも鳴り止まない拍手と歓声が、記憶に焼き付いています。
【2010年】旅の終着地として
演奏旅行のおかげで、ぼくはヨーロッパが大好きになりました。もっと旅行したくて、大学最後の夏休みに、自転車で西ヨーロッパを一周することにしました。
2ヶ月間にわたる自転車旅のゴール地点が、ベルリンのブランデンブルク門でした。ゴール地点には兄はもちろん、その友人や母親まで待っていてくれて、最高の思い出になりました。
【2018年】後輩たちの演奏を
今回、ベルリンへやってきたのは、後輩たちの演奏を生で聴くためです。早稲田大学交響楽団は3年に一度ヨーロッパツアーを行っていて、今年がその年に当たります。
2009年に和太鼓を演奏したとき、「今度は客席からこの感動を味わいたい」と強く思いました。それが9年越しに実現します。フリーランスになって良かったです。
コンサートは3月4日(日)11時開演(日本時間19時〜)で、この演奏はベルリンフィルの「デジタルコンサートホール」でインターネット生中継されます。黄色の「無料映像を観る」というところから登録をすれば無料で聴けるので、ぜひ日本からLIVE配信をお楽しみください!
ちなみにこの集合写真、よく見ると、2009年のものでした。
21歳のぼくが写っています(笑)