自分よりも若い人と接していると、「自分がそのくらいの年齢のとき、何を考えて生きていたか」と無意識に我が身を振り返り、大抵は反省する羽目になる。
4月から始まる大学生活に、胸を踊らせる高校の卒業生たちとミャンマーで過ごした。「大学ではこんな勉強がしたい」「将来○○になりたいから、そのためにこれを学びたい」と目を輝かせている様子を見ていると、大学時代、ろくに勉強もせずに遊んでばかりいた自分が恥ずかしくなってくる。
数学が得意だったからという理由で安易に理工学部に入ってしまったけど、どう考えてみても、ぼくには文系の学部が合っていたのではないか。経営に関することを学んだり、文化構想学部でメディアについて学んだり、国際教養学部で一年留学したり、そういう学びが少しでもあったら、今の自分にとって大きなプラスになっていたと思う。
なぜ土木という学科を選んだのか。土木が悪い訳では決してなく、自分の姿勢の話をしている。
土木の尊さは、大人になるにつれてだんだんわかってきた。たとえばミャンマーやインドのような途上国へ行けば、インフラ整備がいかに大切なことか肌で感じる。だけど、当時は全く興味を持てなかった。授業もろくに聞かないのであれば、文系の学部に進めばよかったなと感じる。
社会人を経験して、そしてフリーランスという立場を経験して、「人生は投資の連続なんだな」と気付いた。
大学の4年間は、大きな投資だ。学費は親が出してくれていたけど、そのありがたみ、投資の大きさに気付くのが遅すぎた。
お金の使い方というのは、とても大切。たとえば学費が500万円かかったとして、ろくに聞かない授業代に費やすのであれば、その資金で世界中を旅したり、自分で興味のあることを学んだり、必要な機材をそろえたりした方が、よっぽど自分のためになっただろう。
すべて、後になってから気付く。残念ながら。
大学を卒業してからの数年間は、「大学では何を勉強していたんですか?」と聞かれるたびに、「全然勉強してませんでした笑」とかっこつけていたけど、ありえない。全然かっこよくない。
30歳を目前にしてアメリカへ留学するよりは、大学時代に留学した方がいいだろうし、あるいは「英語だけは頑張ろう」と自分でテーマを決めて取り組むのもいいだろう。
自分の人生のことと、今後かかりそうな費用のことについて、もう少し考えてもよかった。考える機会を持てたらよかった。
とはいえ人生は1通りしか経験できないから、「結局これでよかったんだ」と何年か後に思えるように、今を頑張るしかない。
大学時代の反省を、今後の人生に生かそうと思う。