その日ぼくは、バルセロナから自転車を漕ぎ出して、北に110km先のジローナという町を目指していた。
右手には美しい地中海が広がる。8月でも、日本のような湿気はない。突き抜ける風が爽快だった。
すぐ横を、列車が通り過ぎた。この列車は地中海沿いの町々を結ぶ。南仏のナルボンヌやマルセイユ、ニース、モナコを通って、さらにイタリアのリビエラ海岸を走りジェノバへと向かう、ヨーロッパでも屈指の景勝路線だ。
60kmほど走ったころだろうか。カレーリャという小さな町に入ると、美しいビーチが飛び込んできた。こんなところで泳いだら気持ち良さそうだ。
こちらの海は、日本の海と少し違う。海から出たとき、まるで真水に浸かっていたかのように体がサラサラしているから、シャワーを浴びる必要がない。だからバルセロナの人々にとって、海で泳ぐということは、日本人が考えているよりも、遥かに気軽なことなのだ。タオルと水着だけ持って、「今日は天気がいいし、ちょっと泳いでくるかな」という風に。バルセロナでお世話になったクミカさんが、そんなことを言っていた。
自転車を停めて、ビーチの写真を撮っていると、地元のおじさんが話しかけてきた。
「あそこに海の色の違うところがあるだろう」
「本当だ。何ですか、あれ」
「あれは小さな魚の群れなんだ。とても珍しい光景なんだよ」
たしかに、うねうねと姿を変えている。しかし、動きの揃い方があまりに見事なので、とても小さな魚の群れとは思えなかった。国語の授業に出てきた『スイミー』を思い出した。なんだか懐かしい。
ジローナまで、残り50km。道は内陸に向かい、バルセロナから続く海岸線に別れを告げた。