ブログ

H型の人材だった吉田松陰

投稿日:2016年2月8日 更新日:

決意は行動を変える。

電車の中で、ほとんどスマホを見なくなった。代わりに本を読んでいる。

今は『世に棲む日日』という作品。主人公は、吉田松陰。

51R2ZNQ8NNL

松陰がこの時代に生きていて、同世代だったとしたら、きっと仲良くなれただろう。

彼は、旅が好きだった。無論、江戸時代だから、車も電車もない。

様々な土地を歩き、地理的な特徴やその地の文化、風俗などを見聞して回ることが好きだった。さらにその土地の識者を尋ねては教えを請う、ということを繰り返した。それが松陰の生き方だった。

旅から学び、出会った人から学んだ。そして流れるように、生きていった。

しかし、オランダ語をはじめ、語学の習得に悩んだ。彼の性格は、専門技術を習得したり、ひとつのことに熱中したりすることには、まったく向いていなかったらしい。

「松陰は専門者ではなく、総合者であるようだった」

とは、作者・司馬遼太郎の言葉である。

「そのするどい総合感覚からあらゆる知識を組織し、そこから法則、原理、もしくは思想、あるいは自分の行動基準を引き出そうとした」

松陰はきっと、H型の人間だったのだろう。

これからの時代に求められるのは「T型ではなくH型の人材」

幕末、知識のハブとなっていたその松陰の原点に、諸藩を訪ね歩く「旅」があったことが、ぼくはうれしい。

彼が旅を好きだった理由と、ぼくが自転車旅を好きな理由は、同じだったに違いない。

何事も、自分の目で見てみたい。そして常識や既存の概念にとらわれず、自分が見たもの、感じたものから、行動をスタートさせていきたい。

きっと彼も、そうしていたはずである。

挑戦は続く。

-ブログ

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

登山家・栗城史多さんの死に思うこと(3)「死を意識する」

昨日からずっと、「もし自分が35歳で死ぬとわかったら、明日からの生き方を変えるだろうか」と考えていました。明日が今日になってみて、何が変化したのか、よくわかりません。ただ、「変わらなきゃ」という想いが …

梅の木に止まるウグイスは、影にしかいない

「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」 という歌が詠まれたほど、本間家は大金持ちだった。 しかし、ただの大金持ちではない。酒田の人々に愛された。それは、CSRなんていう言葉が当然なかった江戸 …

2018年の振り返りと、今だから話せる3つのこと

フリーランス2年目が終わります。今日は色々と暴露します。 思い出したくないくらい辛い過去だったからか、なかなか振り返る時間が取れませんでした。 今だから話せますが、とくに今年の1月から6月までの半年間 …

【ツール・ド・クラフトビール 最終ステージ】これが日本のおもてなし!Have a nice trip, Danさん!

アメリカ人Danさんと、クラフトビールを巡る自転車旅! ツール・ド・クラフトビール 最終ステージ(第3ステージ) 沼津 〜 原 〜 由比 〜 静岡市 70km 旅の経緯と概要はこちら! いよいよ最終日 …

ブラショフと日本の意外な関係

中世の街並みを残す、ルーマニア第2の都市ブラショフを訪れたとき、ガイドさんがブラショフと日本の意外な関係について話してくれたのですが、これがぼくにとって実に興味深いお話でした。 「ブラショフは、東京の …