寒さが、ときどき妙に心地いい。
冬の寒さで思い出すのが、大学3年生のクリスマスだ。周りがエントリーシートがなんとかとか言っている時期、ぼくはその言葉の意味もよくわからなかった。どんな会社に就職するのがいいか、ではなく、そもそも就活するべきかどうかで悩んでいた。
でも、そろそろ決断をしないといけない。誰にも邪魔されず、ひとりきりで、自分の将来について考えたい。そう思って、青春18切符を買って、旅に出た。
12月25日の朝7時頃、長野県の戸隠神社を訪れた。
なぜ戸隠神社へ行ったのかは忘れたけど、気になっている場所だった。奥社までは、雪が深く積もる、巨木の並木道を2km歩く。信じられないことに、誰ひとりいなくて、しんとしていた。何も音がしない。自分が雪を踏む音と、ときどきかすかに、遠くで鳥のさえずりが聞こえるだけ。
立ち止まり、目を閉じると、そこに宇宙があった。無音の世界だった。そして、寒くて、自分が澄んでいくような感覚が、心地よかった。
余談だけど、3年くらい前に、戸隠神社を再訪したことがある。だけど、あまりの人の多さに驚いた。パワースポットとして紹介されてから、たくさんの人が訪れる場所になってしまったのが、ぼくにとっては残念だった。
そこにはもう、「無音の宇宙」はなかった。寂しいことだった。
流行ってしまった時点で、失われる何かがある。流行ってから行くのは、もう半分負けているんだよ。人でも場所でもモノでも、大多数が気付くまえに、その魅力を感じられるようにならないと。自分が良いと思ったものを、信じる力だよね。それには、たくさんの経験を積むことだと思う。
— 中村洋太 (@yota1029) 2015年11月23日
帰り道は、新潟経由。やがて電車は、日本海に出た。冬の日本海。「青海川」という駅は、日本海の上にあった。初めての景色だった。その日も雪が強く降っていて、雪かきが大変そうだった。かいてもかいても、雪が降って、それでも、この地に暮らし続ける人たちが、とても強く感じられた。
電車の中では、司馬遼太郎の『峠』という小説を読んでいた。読みながら、ときどき気付いたことや、感じたことがあるたびに、ノートにメモをした。実家に眠っているそのときのノートには、大切な言葉がたくさん書いてあった気がする。
「寒さが、人を強くする」
そう書いたのだけは、覚えている。
電車は、長岡に止まった。次の電車まで、1時間半あったので、街に出ることができた。「最後のサムライ」といわれた『峠』の主人公・河井継之助は長岡藩の生まれで、ここに記念館があった。司馬遼太郎の直筆の原稿を読めたのも、至福だった。
ほとんど電車に揺られていただけだけど、その2日間は、ぼくにとって、大事なターニングポイントになった。いろいろなことを考えた末、
「就職活動をしよう」
という決断に迷いがなくなった。
うまく説明できないけど、寒さが人を強くすると思った。
何か大切なことを忘れそうになったら、冬の日本海をもう一度訪ねたい。
あるいは、『峠』を読みたい。
「行動を伴わない知識は必要ない」
「志の高低が人の価値を決める」
「人間の命なんざ、使うときに使わねば意味がない」
人の志が放つ美しさ。
河井継之助の生き方・考え方は、今もぼくの原点になっている。