「これからのインタビュー記事は、聞き手が表に出る時代」
そんな内容の記事のリンクを、今朝、家を出る頃に投稿したところ、すぐにコメントがつきました。
「お前、聞き手なんか。さぶ」
一瞬、「はい?」と思いながらも、気楽に受け流せなかったのは、相手がまさやさんだったからです。彼はいつも思っていることをズバッと直球で言ってくるので、ぼくはたびたび胃が痛くなるのですが、彼の言うことには耳を傾けます。ドイツで一度しか会ったことはないけれど、ぼくは彼のことを尊敬しているし、何よりも「戦友」のような存在だからです。
クラウドファンディングがまだ一般的ではなかった5年前、「スポンサーを集めて自転車で西ヨーロッパを一周します」というぼくの宣言は、「2ちゃんねる」で叩かれたり、批判も多かったです。「頑張ってね」と応援してくれる人はいても、多くの人は、ぼくが実際に成し遂げるなんて、半信半疑だったでしょう。
そんな状況の中、誰よりも早く協賛者になってくださったのが、時計職人になるためドイツのボンで修行していたまさやさんでした。面識はなく、彼はたまたまぼくのブログを読んで、応援してくれたようです。
そして、その後実際に旅の資金を集め切り、旅が始まり、完結するところまで、リアルタイムで全てを見てくれていました。実は、今も付き合っている友人の中で、そのときのことをリアルタイムで見てくれていた人は、そんなに多くありません。
仲の良い友人の多くが、2011年以降に知り合った人たちなので、ぼくがそういうことをしていたという「結果」は知っていても、その「過程」を深くは知りません。ブログには記録を残していますが、「生の過程」を知っているか知らないか、その違いは大きいと思っています。そういう意味で、まさやさんは、ぼくと同じ風景を見てきた貴重な戦友でした。
この5年間、ぼくは何をしていても、自分のポテンシャルのMAXを出し切れた感覚がありません。今の生活でも「そのバイタリティーはどこからくるんですか?」と聞かれることがありますが、自転車旅のときのバイタリティーに比べたら、正直カスみたいなものです。でも多くの人はぼくのMAXを知らないから、今の活動でも十分「すごいね」「頑張ってるね」と言ってくれ、ぼく自身それに甘えていた部分があります。
でもまさやさんは、今朝ハッキリと言ってくれました。
「今僕は君にあって話したいとは全然思わないわ。面白くなさそうだし、時間の無駄だな。申し訳ないが」
この言葉は、心の奥深くに刺さりました。もしかしたら、このコメントを見て、「この人は何言ってるんだろう。中村さんかわいそうに」と思った人もいるかもしれません。でも、まさやさんが正論なのです。
京大の分部くんも、やはり同じことを何度もぼくに言ってきます。
「最近の洋太さん、つまらなくなりましたね」
って。当時のぼくのブログをリアルタイムで読んでくれていた人にとっては、本当にそうなんだと思います。
無名の大学生が、SONYやCASIOに協賛してもらったり、毎日のように奇跡的なことが起きました。でもその裏側には、やはり猛烈な努力と行動がありました。「情熱大陸」に取り上げてもらいたくて、大阪の毎日放送を自転車で訪ねたこともありました。そんなバカみたいなことを大真面目にやっていて、そのうちぼくを批判していた人も、「批判したことを謝ります」と言って、本気で応援してくれるようになりました。それくらい、汗で人の心を動かしていました。必死だったけど、とにかく痛快な毎日でした。そのときの半端ないバイタリティーに比べたら、やっぱり今の自分はヌルい。ヌルすぎる。
イタリアでは、大手自転車メーカー「BASSO」の社長の携帯にいきなり電話をかけて、
「あなたが作った自転車で、西ヨーロッパを一周しています。あなたに会ってお礼が言いたいから、会いに行ってもいいですか?」
と片言の英語で伝えて、本当に会いに行きました。今考えたらゾッとするけど、それを生で見ていたまさやさんからしたら、「中村、お前何してるんだ。もっと頑張れ」となっても当然です。
「とにかく汗かけ。君らしさはそこじゃないの。ごめんなさい、なんか上から目線で。でも、つまらんというか、君らしくないね。君のマックスの面白さ、いや、お笑いとかではなく、素直にすげーと思える行動力。君のポテンシャルをなんとなく感じている外の支援者は、そんなんじゃないのでないの?と思ってしまうのよね。
僕は少ししか会ってないけども、君の存在感は今でもあるね。あのとき出会っての。完璧でないにしろ、こいつはなんかやりおるなというね。おまえは、インタビューされてなんぼ」
ぼくは、ふと思ったことを言いました。
「来月の長期休暇、自転車旅しようかな」
普通に旅行しようと思っていたけど、自転車旅をすれば、何か、ぼくにとって大切なものを思い出せる気がしました。
「いけいけ。あてもなくさまよえ。動いているときに考える。これおもろいこと生まれると思うよ。温暖化で暖かい冬だぞ。行くしかない」
決めました。1ヶ月後、自転車で九州を一周します。
「ツール・ド・九州」で、ぼくの汗と情熱を伝えたいです。魂に火がつきました。
朝の千代田線の車内、心から背中を押された嬉しさと、復活できそうな予感に、涙しました。
「よし、自転車旅したら、何か見えてくれるかもしれない」
「うん、動け。でないと中村でなくなる」
「感謝です!」
「感謝じゃないよ。僕が感謝だね」
雲の隙間から、青空が見えました。