読んでみた

塩野七生『ギリシア人の物語』を読み終えて

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年末あたりから読み始めた塩野七生さんの『ギリシア人の物語』全3巻を、丸2ヶ月以上経った今日、ようやく読み終えた。ほぼ毎日読んでいた。

ライトなビジネス書であれば1日で読めてしまうけど、この本は1冊で20日以上かかった計算になる。

とはいえ、塩野さんの代表作である『ローマ人の物語』は単行本で全15冊だけど、文庫版なら全43冊になる。その比率から考えると、『ギリシア人の物語』も文庫化されたら8〜9冊分くらいにはなるのではないかと思う。

そもそも「ギリシア時代」とはいつ頃の話なのか。あまりに世界史に疎く、そんなことも漠然としていたぼくにとっては、スポンジのようにたくさんの知識を吸収できた時間になった。

描かれていたのは、紀元前900年頃から紀元前250年頃までのギリシアを取り巻く世界について。どのような経緯でギリシアで民主政が生まれたのか、そしてそれはどのように崩壊していったのか。

ぼくはまず、今から2500年前のアテネで、既に民主政がきちんと成立していたことに驚かされた。もっと原始的な社会だと思ったけど、「ストラテゴス」と呼ばれる現代における「内閣」も存在したし、大事な政策は市民集会での多数決によって取り決められていた。

読みながら、「今の日本の政治よりよっぽど機能しているじゃないか」と嘆いた。素晴らしいリーダーがいたこともその要因だが、忘れてはいけないのは市民の意識レベルの高さだと思う。アテネの市民は、現代の我々よりもよっぽど政治について真面目に考えていた。彼らが現代の投票率を知ったら、何を思うだろうか。

そして都市国家スパルタとアテネの戦いは長きにわたり続いたが、スパルタが最後まで発展できなかった一方で、アテネが地中海の一大通商センターとして発展したのはなぜだったのか。テミストクレスが一代で成し遂げた海軍の養成、良港ピレウスとアテネの一体化、そしてエーゲ海の島々をまとめたデロス同盟。あっという間にアテネは地中海の覇者になった。

紀元前480年、ギリシアにとっての脅威だったペルシアとの大戦争。圧倒的な軍勢を誇るペルシアに対して、テミストクレスの天才的頭脳が打ち破る。このペルシア戦役が物語前半の大きなハイライトだった。

そして後半は、ギリシアを征服したマケドニアの話。アレキサンダー大王の「東征」に光が当てられる。

ぼくが感銘を受けたのは、アレキサンダー大王の父フィリッポス二世の教育方針。スパルタ式に肉体を鍛えさせる一方で、頭脳面の家庭教師はギリシアから呼び寄せた哲学者アリストテレスに頼んだ。教養や考える力をつけるのに、これ以上の教師はいなかっただろう。

そのアリストテレスが弟子たちに教えた基本的な考え方は、以下の3つだったという。

  1. 歴史から先人たちの考えと行動を学ぶ。(縦軸)
  2. 日々の国内外の情報を、偏見なく受け止める。(横軸)
  3. 以上を踏まえ、自分の頭で考え、判断し、行動に移す。

ぼくもこの方針に習って学ぼうと思う。

アレキサンダー大王は20歳で王になり、その後は10年以上遠征し続け、現在のインド付近まで勢力を伸ばした。世界の広さを考えると、驚くべき領土拡大。戦には一度も負けなかった。そして彼自身が騎兵の先頭を務める特攻隊長だった。

リーダーシップと洞察力、そして戦闘での強さ。あらゆる魅力を兼ね備えていた傑人だった。

32歳という若さで死んだが、今のぼくと同じ年齢で、どうしてこれだけの偉業を成し遂げられたのか。すごすぎて愕然としてしまう。

あとがきに、塩野さんが作家になった経緯が少しだけ書かれていた。26歳でイタリアへ渡り、ヨットに乗せてもらいながら地中海世界を旅して回った。

29歳の時、当時「中央公論」編集者で、その後まもなく編集長に就任する粕谷一希さんとローマで出会った。そして作家としてスタートすることに。

以後は歴史エッセイの第一人者として、走り続けた塩野さん。現在82歳。そしてこの『ギリシア人の物語』が彼女にとって最後の歴史エッセイとなる。

ぼくが最初に読んだ塩野作品が、最後の作品とは。ただ、これが彼女の描いた中で最も古い時代の物語であることも事実だから、良いスタートになった気がする。

これから『ローマ人の物語』全43巻を読み進める。アレキサンダー大王の死後の世界を受け継いでいったのがローマ時代。歴史を少しずつ進めていく。

ひとつの物語に没頭した、実に充実した日々だった。

「ほんとうにありがとう。これまで私が書き続けることができたのも、あなた方がいてくれたからでした」

読者あっての作家業。あとがきの最後の一文に涙が出た。素晴らしい人生に拍手。

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