2017 クラフトビール 東海道五十三注ぎ(東京〜大阪600km徒歩の旅) 日本

【東海道五十三次600km徒歩の旅】東京から京都・大阪まで歩いた全記録(日数、距離、浮世絵、ツアーなど)

投稿日:2017年3月8日 更新日:

※2020年4月1日追記
この旅に関連するエピソードを朝日新聞デジタルで連載中です。よろしければこちらからお読みください。

東京・日本橋から大阪まで、22日間かけて総距離592kmを歩いて移動した(2017年1月10日〜2月1日)。この旅について、まとめてみた。

旅の経緯

大学生の頃、司馬遼太郎の歴史小説にハマった。初めて読んだのは新撰組を描いた『燃えよ剣』。読むなかで驚いたのは、江戸時代の人間が、萩(山口)にいようが、土佐(高知)にいようが、京都にいようが、何か用があると、「ちょっと、江戸へ行ってくる」と、割とあっさりと何百kmという距離を歩き始めることだった。

現在は車もあるし、鉄道もあるし、飛行機もある。乗り物を使うことが当たり前の世界にいて、そのことに何ら疑問を持たずに生きてきた分、「江戸へ行ってくる」というセリフから受けた衝撃は本当に大きかった。

しかし調べてみると、新橋〜神戸間が鉄道で繋がったのは、1889年(明治22年)のことだそう。ほんの130年前までは、徒歩での移動が当たり前のことで、長い歴史の中では、むしろ現代の方が特殊な状況のような気もした。

(歩いたら何日かかるんだろう? ぼくでも歩けるだろうか?)

時代は異なれど同じ人間。やってできないはずはない。

「いつか自分の足で、東海道五十三次を歩きたい」

それが大学時代に生まれた夢だった。

社会人になり、この夢を忘れかけていたが、昨年末に会社を退職したとき、「今やらないと後悔する」と思い立ち、退職から10日後に旅をスタートさせた。

東海道の歴史的背景

ここで、旅の大きなテーマとなる「東海道」についてふれておきたい。

東京と京都は、最短距離で歩いたとしても、約500km離れている。江戸時代には当然、電話やメールのような通信技術もなければ、交通機関もない。だから情報は、人によってアナログに運ばれていた。

現代であれば、京都で大きな事件が起こっても、テレビやスマホですぐにわかるし、Twitterならほとんどリアルタイムで情報が伝わってくる。だけど、昔は京都から江戸まで人によって情報が運ばれてきたから、そこに大きなタイムラグが生じた。ひとりの人間が京都から江戸まで歩いたら、頑張っても2週間はかかる。

この東海道に画期的なテコ入れが入ったのは、江戸時代のはじめのこと。

関ヶ原の戦い(1600年)で勝利した家康は、幕藩体制を確立するため、様々な政策にとりかかった。そのひとつが、1601年に生まれた「伝馬制(てんませい)」だった。

伝馬制とは、公用の書状や荷物を、出発地から目的地まで同じ人や馬が運ぶのではなく、宿場ごとに人馬を交替して運ぶ制度のこと。幕府は、主要な街道に宿場(宿駅)を設けて、情報の伝達や物資の輸送を円滑にするため、宿場に人馬を負担させた。その代わりに宿場の人々にとっては、屋敷地に課税される年貢が免除されたり、旅人の宿泊や荷物を運んで収入を得ることができるという特典があった。つまりWin-Winだ。

中山道や甲州街道など、主要な街道はいくつかあったが、中でも東海道は、政治的、軍事的に極めて重要な交通路だった。

伝馬制によって、情報の伝達は画期的に速くなった。東海道に53ヶ所の宿場を設け、そこに人馬を配置することで、リレー形式で情報を伝達させることが可能になったからだ。なんと京都から江戸まで、最短で3日で届けることが可能になった。その担い手を「飛脚」と呼んだ。佐川急便の飛脚便という名前は、ここからきている。

ちなみに飛脚の拠点、つまり宿場のことを「駅」とも言ったため、駅から駅へと伝えていくこのリレー形式を「駅伝」と呼んだ。箱根駅伝に代表される駅伝は、このような歴史が生んだ、日本独自の競技となった。

歌川広重と浮世絵『東海道五十三次』

『東海道五十三次』は、江戸時代に歌川広重(安藤広重)が描いた浮世絵の名称で、55点の浮世絵から構成される。53の宿場町に、東海道の起点の日本橋、そして終点の京都三条を加えた55点。この絵と実際の場所を見比べながら歩くのはとても楽しいことだった。

ちなみに、江戸から20番目の宿場、鞠子(丸子)宿の「丁子屋」に入ると、全55点が飾られた大広間で食事ができる。(詳細は→こちら

旅のルート

旅の経過は、以下のとおり。(クリックしていただけると、各ページに飛べます!実際に歩いた距離も出てきます)

1日目:日本橋〜横浜
2日目:横浜〜茅ヶ崎
3日目:茅ヶ崎〜小田原
4日目:小田原〜箱根
5日目:箱根〜原
6日目:原〜由比
7日目:由比〜静岡
8日目:静岡〜島田
9日目:島田〜掛川
10日目:掛川〜浜松
11日目:浜松〜鷲津
12日目:鷲津〜御油
13日目:御油〜岡崎
14日目:岡崎〜大府
15日目:大府〜富吉(名古屋)
16日目:富吉〜四日市
17日目:四日市〜関
18日目:関〜水口
19日目:水口〜草津
20日目:草津〜三条大橋(京都)
21日目:京都STAY
22日目:三条大橋〜枚方
23日目:枚方〜大阪駅

かかったのは23日間だが、京都で1日だけ休息日としたので、実際に歩いたのは22日間。少ない日で20km、多い日で32km歩いた。一日平均で約27km。歩数は一日あたり約4万歩。

「クラフトビール 東海道五十三注ぎ」

ただ歩くだけではつまらないと思い、ゴールまでに53杯のクラフトビールを飲む企画とした。企画名は、「クラフトビール 東海道五十三注ぎ」

最終的に58杯を飲み、企画は成功した。その全ビールの写真をこちらの記事「【全ビール写真で振り返る】53杯のクラフトビールを注ぎながら東海道五十三次を歩いてみた」に公開した。

ビールが好きな方はぜひ参考にしていただきたい。

必須アイテム「三種の神器」

①自撮り棒

②ガイドブック

東海道五十三次の関連本はたくさんあるけど、かなりの数を吟味したうえで、圧倒的にこの本がおすすめ。旧東街道を歩きたいのであれば、必須アイテム。

新版・完全 「東海道五十三次」 ガイド (講談社+α文庫)
東海道ネットワークの会
講談社
売り上げランキング: 13,550

また、ぜひ併用していただきたいのが、こちらのコンパクト日本地図。2009年に買って以来、国内を旅するときは必ず携帯している。ポイントは、一県一ページでまとまっているシンプルさ。日本地図帳はたくさんあるが、こんなにコンパクトで使いやすい地図はない。

コンパクト日本地図帳 (地図 | マップル)
昭文社
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③高性能モバイルバッテリー

軽くて大容量のタイプが必須です。Anker製品はパワフルでイチ押し。通常のケーブルで充電するよりも遥かに早くチャージできます。

旅を終えて感じた3つのこと

①達成感を得られた

随分と贅沢な時間の使い方をした。毎日朝から夕方まで、ただただ歩いた。いろんなことを考えたけど、何を考えていたかほとんど忘れてしまった。足は痛いし、肩は痛いし、全身ボロボロ。ただ、とても幸せな日々だったし、毎日の歩き切った後の銭湯、そしてゴールしたときの大きな喜び、達成感は何物にも代えがたい。本当に大阪まで歩いたなんて、今でも信じがたいけど、嘘じゃない。やってみてよかった。もし挑戦してみたい人がいたら、全力で応援したい。

②文明は恐ろしく進歩した

帰りは新幹線で一気に東京へ戻った。行きは23日間、帰りは2時間半だった。あまりに速すぎて、酔った。恐ろしいほどの文明の進歩。虚無感に襲われた。でも、歩いたことの価値は決して消えない。日本の大きさが肌感覚でわかるのは、お金では買えない価値だ。実際にやらないことには感じられない。

③昔の人はすごい

やはりこれが一番。江戸時代、早い人は14日ほどで、東京から京都へ歩いた。一日40km前後を歩いたということ。わらじで、しかも昔はもっと悪路だったはず。峠には、山賊もいた。東海道を歩くということは、命がけの旅だった。それでも、ほんの200年前までは、誰もが歩いていた。今は、歩く人なんてほとんどいない。みんな電車や飛行機を使う。便利になった分、人間はどこかで弱くなっている気がした。

(追記)募集型ツアーもある

ぼくは個人でやったが、東海道五十三次を歩くツアーもあるので、気軽に歩きたいという方、仲間とおしゃべりしながら楽しく歩きたいという方は、ツアーに参加してみてもいいと思う。

たとえばこんなツアーがある→ 東海道五十三次 街歩きツアー

ぼくも道中、よく阪急交通社のツアー参加者とよく出会い、ときどきおじさんが飴をくれたりした。途中で甘酒を飲んで休憩したり、和気あいあいとしていて楽しそうだった。

(番外編)ツール・ド・クラフトビール

この東海道五十三次の記事を読んだアメリカ・ジョージア州在住のDanさんという方から連絡があり、2017年9月に来日した彼と、自転車で再び東海道を旅した。

その記録は→こちら

※2020年3月23日追記
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